2011-08-01から1ヶ月間の記事一覧
”ともだち”とは誰なのか、われながら最後まで決定的な結論を出せそうもない気分の中で、それでも、この物語を読んで感想文を書く以上、避けて通れない課題です。 そこで今回は、これに関連して三つの問いを自らに課し、それぞれに対する現時点での回答案、つ…
このクラス会の日付は、わからない。ユキジが案内状の元原稿を作り、ケンヂにコピーと郵送を頼むシーンが第2巻に出て来たが、「すごしやすい季節」になり、つきましては、「昭和46年度卒業6年3組クラス会」を開催したいと書いてあるのみで日程が隠れている。…
不祥事を起こした企業や官庁の記者会見において、近ごろお馴染みの言上といえば、「結果として、このような事件(または事故)を起してしまったことにつきましては、まことに遺憾でございます。」と相場が決まってきたようだ。 特に、「遺憾」の連発は見苦し…
この長編漫画はケンヂたちと、ともだち一派の戦いがストーリーの主軸なのだが、その代表選手同士の戦闘場面は殆ど全くなく、面と向かって話をするシーンすらほとんどない。 その最初の場面が、この第169回ともだちコンサートのステージなのだが、ケンヂは相…
ようやく登場した”ともだち”は、ケンヂに「顔、見せろ。正体は、誰だ」と言われて、照明の中に進み出るのだが、忍者ハットリくんのお面をかぶっていたため、ケンヂは怒り心頭に発し、「何、ふざけたお面なんかつけてんだ このヤロー」と叫んでいる。 今回は…
ともだちコンサートの会場にて、にせロック・バンドに「シャイ・ボーイ」扱いされたケンヂは、係員の誘導を振り切ってステージに上がり、ヴォーカリスト(フクベエに顔がそっくりだ)からマイクを奪って演説を始める。 いわく、「よく聞け。お前たちの信じて…
第3巻第3話「対決」。いよいよケンヂが、ともだちコンサート会場に現れる。敵の牙城に単身乗り込むとは天晴れではないか。コンサート会場では、マンザイやらコントやらが繰り広げられていて、周囲には大受けなのだが、ケンヂには面白くも何ともない。 去年だ…
ドンキーも逃亡者も死んでしまった以上、ケンヂと”ともだち”を結ぶ線は、敷島教授とその教え子の田村マサオしかない。そこで彼は再び、お茶の水工科大学に行って消息を確かめようとした。第3巻の37ページ。 早速、ゼミの学生に「暴走お兄さん」と皮肉っぽく…
第3巻第2話の「決意」は、徹夜のギタープレイで目の下に隈をこしらえたケンヂの、「地球を救うのか。この俺が。」という独白で始まる。部屋の床に、子供のころのマルオが缶に入れたチキン・ラーメンが転がっているが、その次のページで大人になったマルオが…
ケンヂやマルオやケロヨンのように、自宅で商売をやっている家や農家で生まれた子は、物心ついた頃から親が働いている姿を見て育つのだろう。だが、私のようにサラリーマンの家に生まれた場合、それは叶わない。大人の世界をのぞくためには、何らかの媒体を…
いきなり、全く面識のない人間から「地球を救え」と頼まれて死なれたら、誰だって困るだろう。自宅に戻ったケンヂも、「俺は関係ない」とつぶやくのだが、売り物の新聞を開くと、はたして「ロンドンにも謎の病原体」というニュース。先日、出土した箱をのぞ…
瀕死の逃亡者がドンキーを学校の屋上から突き落とす回想シーンでは、下手人の後ろに田村マサオの姿が見える。この野郎は、ドンキーの高校時代の教え子である。しかも、自分の行方を捜しに来てくれた恩師なのに、平然とその殺害場面を見物しているのだ。 恩師…
ケンヂに「その”ともだち”って一体、誰なんだ?」と聞かれた逃亡者は、「おまえは、ともだちを知っている。おまえば全部知っているはずだ。全部お前が考えたんだろう。」と語る。 続いて、「全部お前が子供のころ考えた筋書きなんだろ。」と断言しているが、…
腹を刺されて瀕死の男は、「おまえみたいな男が本当に偉大な予言者なのか?」と尋ねるが、ケンヂが「はあ!?」というばかりなので、やむなく本人確認の質問を試みる。「サンフランシスコで、たくさんの細菌がバラまかれた。次はどこだ?」。 しかし、ケンヂ…
まだ第2巻も終わらない時点で、このブログの更新も73回を数えたが、ここまでで、ようやく物語の導入部分が一段落ついたと思う。ここから先のケンヂは、これまでのケンヂとは別人にならざるを得なくなってしまう。 第2巻の126ページからの場面は、血まみれの…
喫茶「さんふらんしすこ」で、キリコとケンヂの姉弟が、映画を観た後の時間を一緒に過ごしている。第2巻の第10話「予言者」。1967年、ケンヂは小学校の2年生か。映画は「ゴジラの息子」。その主役が柳家金語楼に似ていたとは、ケンヂに言われてみると、確か…
今回は単なる、あらすじの解説のようなものです。先に進みたいので、気分が悪くなる話題はさっさと片付ける。 第2巻では、諸星さんは誰かの左手で背中を押されて線路に転落する。その直後に一人の若者が左手をポケットに突っ込みながら駅の階段を下りて来る…
第2巻の150ページ、ケンヂとお母ちゃんの会話に移る。ケンヂは先ほどキリコの部屋で見つけたばかりの、「同じ計画」に関するワープロ打ちの手紙について、これは何かと問いただすのだが、お母ちゃんも知らない。 ただし、話の勢いで、諸星さんが駅で飛び込み…
ケンヂがキリコの机の引き出しから見つけた封筒は、差出人の名前がなく、諸星さんの手書きの手紙と違って、ワープロの紙一枚とそっけない。書かれている文言も意味が明瞭ではない。 「やはりあなたの計画と 私の計画は同じでしたね。なんて素晴らしいんだ。…
鳴浜町におけるキリコの消息は、1995年ごろと、2002年の2回に分かれて描かれている。後者はいずれ詳しく書くとして、前者について押さえておくと、キリコはいつここに来たのか分からないが、1994年に遠藤酒店で諸星さんと別れているのだから、そのあとだろう…
第2巻の第7話「姉貴の引き出し」は、キリコの部屋に残された机の引き出しを、ケンヂが開けている場面から始まる。128ページ目、背中で気持ち良さそうに寝ているカンナに、問わず語りに語るのケンヂのセリフは、「そういえばここに手紙が入ってた」。 続いて…
このブログでキリコの話が長いのは、例えば神様は脇役だが、キリコはそうではないと私は思っているからだ。彼女はケンヂとカンナとフクベエの親族であり、ウィルスとワクチンの開発を手掛けている。重要な登場人物なのだ。 キリコと山根をいっしょくたにして…
伊予松山藩の秋山家は、中位の家格の武家だったが、幕末に藩が負け組に属したため、維新後、生活が苦しくなった。明治元年、5人目の子供が生まれてきたとき、両親は「いっそ、寺にでもやってしまおう」と諦めの相談をする。 そこに十歳になる兄の「信さん」…
ケンヂの父上の顔は、第2巻第8話の冒頭に出て来るのだが、早くもご本人の葬式のシーンである。死因不明。ケンヂの容貌とそっくり(顔の全てのパーツにおいて)である。幸い、キリコは父母どちらにも似なかった模様。 よりによって葬儀の場で、ケンヂはキリコ…
幼いころや若いころにケンヂが死にかけた事故のうち、3回中2回は溺れかけてキリコに救ってもらったものであるが、残りの1回はバイクの転倒事故で、第2回の126ページ目に出てくる。タイヤのスリップ痕が長い。ハンドル操作を誤ったか。 弟が昏睡から目が覚め…
通算すれば私も東京で20年以上は暮らしたと思うが、都内でボウフラを見たことがない。たまには蚊に刺されることもあるから、どこかにはいるのだろうが。 生まれ育った昔の静岡では、至ることろにボウフラがいた。ふわふわした虫なので、淀んだ水に住む。ちょ…
今回は脱線します。最近は脱線ばっかりだが。もう何十年も前に観たアメリカの映画に、「サンセット大通り」という作品がある。主演女優はグロリア・スワンソン、男優はウィリアム・ホールデン。 監督はビリー・ワイルダー。この人の監督作品は、私が観たもの…
ケンヂとお母ちゃんのコンビニ店に新規雇用された店員さんは、ヤマダエリカさんという娘さんであるが、「えらっさいますえ〜」とか「ありあとあした〜」といった発音しかできない。映画化の際は、時間を超えて製作できるなら、若いころの研ナオコに是非演じ…
ホームレスたちから「神様」と崇め奉られている初老の男が、第2回の第6話に登場する。第2巻の巻名は「予言者」であるが、これはいろんな意味に取れるタイトルだ。 例えば、第2巻の最後、死に行く男の話の中で、真偽のほどはともかくとして、”ともだち”とケン…
ホームレスという英単語が、現在使われている意味で、いつごろ日本に定着したのか良く覚えていない。少なくとも私が未成年のころは浮浪者とかルンペンとか宿なしとか、いろんな表現があったが、ホームレスの語はなかったように思う。 拙宅にある1981年に印刷…