おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

細菌兵器     (20世紀少年 第75回)


 腹を刺されて瀕死の男は、「おまえみたいな男が本当に偉大な予言者なのか?」と尋ねるが、ケンヂが「はあ!?」というばかりなので、やむなく本人確認の質問を試みる。「サンフランシスコで、たくさんの細菌がバラまかれた。次はどこだ?」。

 しかし、ケンヂはこれにも捗々しい反応をしないため、残された時間と体力に限界を感じている男は、今そこにいる人々に最後の言葉を託すしかなくなってくる。「早く、ともだちの暴走をとめろ」、「あいつは本気で世界を滅ぼそうとしている」。ケンヂの顔つきがようやく緊張する時がきた。


 ところで、逃亡者の男は、サンフランシスコでばらまかれたものを「細菌」と呼んでいる。ウィルスではない。おかあちゃんが読んでいた新聞は、慎重に「謎の病原体」と報じており、このあとのロンドンと大阪も同じ表現で報道されている。

 第3巻では、ケンヂも「細菌」と呼んでいる。第8巻では、血の大みそかの夜の万丈目も、「1997年 細菌事件の多発」と言っている。何せ「よげんの書」も「さいきんへいき」になっているから平仄は合っているのだ。

 血のおおみそかについては、巨大ロボットがばらまいたものを、第7巻でフクベエが、第8巻で政府関係者が、それぞれ「細菌」と呼んでいる。ところが、コイズミの先生の時代になると「ウィルス」になっている。いま全部を調べきれないので、ゆくゆく確かめながら読みます。


 そもそも、最初にこれを言い出した山根が、細菌とウィルスを混同している。細菌は生き物であるが、ウィルスは現代の科学においては生物とされていない。わが広辞苑も「微粒子」と書いている。細胞が無い、独力で増殖できない、というのが区分の条件になっているらしい。

 後付けっぽい区別の仕方だが、生物学者としても、ウィルスの仲間にはなりたくないという気持ちも分かる。ちなみに、エボラ出血熱の病原体はウィルスである。風邪や食中毒は細菌もウィルスも参加している。抗生物質はその名のとおり、生物である細菌には効くが、ウィルスには効きません。むやみに服用して良いものではないらしい。


 第12巻の68ページ目、小学校4年生のときの、まだ可愛らしさが残る落合君と、すでに可愛くない山根君という、二人の学級委員の会話に出てくる。山根君は「よげんの書」批判を展開し、その程度では地球は滅びないので、ついては、「ビールス...細菌をまき散らすんだ」と提案している。

 この「ビールス」という云い方からして、懐かしいな。昔は「ウィルス」ではなくて「ビールス」だったのだ。誰が無断で変えたのだろうか。

 当時は、前にも書いたが、あらゆる少年誌、漫画、アニメにおいて、世界が滅亡の危機にあり、原因は天災あり人災あり、はては何とか星人が攻め込んでくるような宇宙災とも呼ぶべきものもあり、ビールスもその一因であった。山根君もその辺りから知恵を拝借してきたかな。


 世界中で死者を出し、ともだちの計画と「よげんの書」の関係が表面化して以降、ケンヂは自分が考えたアイデアが大勢の人間を死に追いやったという自責の念から逃れられなくなった。秘密基地の仲間がいくら「みんなで考えた」と言っても効果がない。

 しかし、かなり大雑把にいえば、「よげんの書」は漫画風に表現すると「オッチョ作、ケンヂ画」と呼んでもよかろう。「みっともなくて言えねえ」部分を除けば、オッチョの発想がかなり反映されている。最初はケンヂも、そう認識していたのだが...。

 そして、この「細菌兵器」も、山根のアイデアを「さも自分が考えたように」ケンヂたちに伝えたのだと、オッチョは第12巻で振り返っている。その詳細は第2巻に戻って見てみよう。



(この稿おわり)


夏を告げるニイニイゼミ。千葉の産。(2011年8月8日)