年金雑感  (第1195回)

 老後に2千万円かかるというような政府の報告書が出たと騒ぎになっております。今回は昔話も含めた公的年金についての雑感です。社会人になったころですから、もう三十年以上前です。八十年代の前半で、もう高度成長は終わり、まだバブル景気は予想もしていなかったころ。

 複数の上司・先輩に、お前が歳を取るころには、年金も健康保険も潰れているだろうから、しっかり働いて溜めておけと言われたのを今でも覚えています。確かに社会保障は手厚い時代でした。

 しっかり働かせるための脅しだったかもしれませんが、同期の中でもこの話題は出ました。まだ四十年くらい先のことですから実感はわきませんでしたが、あまりあてにしないほうが疎さそうだという心構えのようなものが、若いうちにできた。

 年配になってからでは、そういう乱暴な心構えなんてできないですからね。当時は、とりあえず健康保険証があれば問題なかった歳頃ですから、社会保険は気にもかけなかったのが実際のところでした。


 中年期になって訳あり、社会保険労務士の資格の勉強を始めました。最近は知りませんが、当時は年金が駄目では試験は通らないと言われていたころです。ちょうどその時期に、今も問題になっている「100年安心」というスローガンを、公的年金について政府が言い出したものですから、あれ?と思いました。


 すでに、人口減少の気配は合計特殊出生率の低下傾向という形で表れていました。おそらく当局としては、これから5年ごとに財政の見直しを行うことにより、100年先を見越した制度の維持・修正をしていくというつもだりだったのかもしれません。

 しかし、昨今、取りざたされているように、言われる方の国民にとってみれば、もう平均年齢が80歳を越えていた時代ですから、人生百年の生活保障を国がしてくれるのだという意味で受け止めても仕方ない。情報発信の失敗です。説明不足です。


 よほど人口が増え続け、経済の好調が続かない限り、公的年金だけで全員が100歳まで生きていけるはずがないと思います。私が勉強した教科書にも、年金の生活保護の違いとして、老齢年金は生活費の部分的な支援であって、全面的に家計の面倒を見るというものではないと書いてありました。

 しかし今これだけ、もめている以上、政府には説明責任がある。100年安心というのはどういう意味なのか、あの報告書を大臣が受け取らないというのは、なぜなのか、何を意味しているのか。ネットに載っているのに、無いとは何だ。

 もっとも、元銀行員の私からみれば、これは金融庁が監督業界を代表して、資産形成・資金運用をしましょうというキャンペーンなのだとも思います。投資信託、買ってほしいのですか。それやると、消費が冷え込みますが大丈夫ですか。


 それにしても、報告書はざっと斜め読みしただけですが、みなさん、本当に95歳まで生きるつもりなのか。私のような病弱者は、もちろん心身の双方が元気であるうちは長生きしたいですけれども、95は無理だろうな。

 ましてや、貯えは減る一方なのに、2千万円なんて金が今から貯まるはずがない。難病や長期的な介護状態になったときの費用は、あの報告書の計算の中に入っていません。ごくごく単純な平均値を狙ったにすぎず、それなのに多くの人を不安に陥れている。


 為政者として、余りに雑な対応だと考えます。おそらく、早めに怒らせておこうという程度の戦法なのでしょう。ネットの時代は、人の噂も七十五日経ったとて、どこかに保存されていて、いつでも復活することを、ゆめ忘るることなかれです。

 われわれ生活者としては、こういうお上の失態も、うまく利用するに越したことはありません。今一度、今後の職業人生や生活設計を見直す機会にしましょう、お互いに。誰だって、明日をも知れぬこの命。



(おわり)




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今日の空の青さは  (2019年6月16日撮影)



 さようならを言わないまま 
 別れを告げた日は...

   「ブルースカイ」  チューリップ



















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