年に数回、帰省しています。昨日、実家から自宅に戻りました。海外駐在の期間を除き、若いころは盆暮れ正月に戻る程度でした。しかし親が年を重ね以降は、力仕事やお役所の手続きなど、介護保険の対象外の用事をするため、また、実家に置きっぱなしの私物を片付けるために帰郷回数が増えました。
私は目が悪くて車は運転しません。以前は東京と静岡をひかり号(片道約1時間)で往復していましたが、ちなみに新幹線の料金は、自由席のほうが安く、また、こだま号(片道約1時間半)の自由席は平日昼間ならすいていますので、荷物が多くても安心です。
近年、気になることの一つは、帰るたびに実家が古びてゆくのを目の当たりにするようになったことです。私が10歳のときに移り住んだ家ですから築50年を過ぎています。当然、古びます。致し方ありません。諸事情により、大金かけて修理するのは諦めています。
形あるもの、いつかは滅ぶのは世の常、人のならい。わかっていても、淋しいものです。半世紀前は一戸建ての新築でした。それまではボロボロの木造平屋建ての借家でしたから、立派な御殿に見えました。
それに前の家は五右衛門風呂に汲み取り式便所、今度の家はガス湯沸かしのバスタブに水洗式トイレ。まだエアコンはありませんでしたが、それがどうした。この世に電子レンジなるものがあるのも知りませんから平気です。
その家が私と共に老いています。随所に故障や劣化が見られます。でも幸い高度成長期の建築物なので、鉄骨はしっかりしていると大工さんが言っています。水場などはずいぶん手直ししましたが、まだまだ普通に暮らす分には問題ありません。
生まれてこの方、六十余年、幸いなことに我が国は今のところ戦争も革命も大飢饉もなく、また、私と私の住まいは生命財産に関わるような天地災害にも遭わずに済んでおります。
このまま、この安寧を次世代に次ぐのが我々の役目というものでありましょう。何もしなくても大丈夫という時代ではなくなりました。連日のようにニュースに登場する政治家や犯罪者の顔を見ていると、そう思います。
(おわり)

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