ともだちコンサートの会場にて、にせロック・バンドに「シャイ・ボーイ」扱いされたケンヂは、係員の誘導を振り切ってステージに上がり、ヴォーカリスト(フクベエに顔がそっくりだ)からマイクを奪って演説を始める。
いわく、「よく聞け。お前たちの信じている”ともだち”は、俺の幼なじみを殺した。サンフランシスコに、そしてロンドンに細菌をばらまいた。おおぜいの人が死んだ。ぜんぶ”ともだち”の仕業だ」。そのとおりです。
ところが、何を叫んでも観衆からは反応がない。集まった人々は死んだサバのような目をして、ケンヂを冷たく見つめているばかりである。
死んだ鯖のような目という比喩は、私のオリジナル作品ではない。80年代、稲葉修という気骨のある政治家がいた。法務大臣時代に、田中角栄に逮捕状を出した。大久保清を死刑台に送り込んだ。
のちに横綱審議委員会の委員になったころ、大相撲はしばらく横綱不在という、興行上、厳しい状況に置かれていた。そこで持ち上がったのが、大関北尾の横綱昇進という窮余の一策だった。
これに最後まで反対したのが稲葉さんである。私が記憶している主な理由は二つあって、まず、北尾が一度も優勝経験がなかったことである。これは客観的にみて正当な反対理由だろう。
他方、もう一つの理由は稲葉さんの主観そのものだが、北尾は「死んだ鯖のような目をしている」というものだった。されど老将の孤軍奮闘むなしく、昇進が決まって横綱双羽黒が誕生したのだが、その後の醜聞は詳述するに値しない。
さて、われらのケンヂも孤軍奮闘派で、観客の冷淡さにもめげず、「奴が次にねらうのは...」と言いかけたところで、あろうことかステージの上のほうから声が落ちてきたのだ。
「次は何だっけ? 次はどこだっけ? ケンヂ君」。歓声とともに「ともだちの登場だ! 拍手!」というアナウンスが響き渡り、「ともだちは重力に拘束されない」という参加者たちのコールが続く。ついに、ケンヂとともだちが面と向かって対決するときが来たのであった。
ちょうど、そのころ、お母ちゃんが留守番をしているコンビニでは、まだ0歳児のカンナがカウンターに仁王立ちして、どうやら中野方面にブーイングをしている様子である。ケンヂおじちゃんのピンチに怒っているのか。その相手が誰なのか、わかっているのであろうか。
(この稿おわり)
夏バテに負けてなるものか。