ケンヂがキリコの机の引き出しから見つけた封筒は、差出人の名前がなく、諸星さんの手書きの手紙と違って、ワープロの紙一枚とそっけない。書かれている文言も意味が明瞭ではない。
「やはりあなたの計画と 私の計画は同じでしたね。なんて素晴らしいんだ。私と同じ計画を持つ人と出会えるなんて」と印刷してある。そして、ケンヂにとってまことに不気味なことに、別紙が入っていて、ともだちマークが描かれている。読者に対しても、ともだちとキリコに関わりがあったことが初めて知らされる。
この手紙はいつのものか。おそらく、諸星さんが死んだあとで、ともだち側から接触があり、お互いの「計画」を伝えあったのち、キリコの手元に届けられたものだろう。そしてその「計画」の実現のために、キリコは行き先も告げぬままに実家を出ざるを得なかったのだ。
ともだちがキリコを仲間に引き入れようとした目的は、結果から遡って考えると二つあるように思う。一つは言わば戦術的なもので、キリコの微生物研究に関する知識と情熱を利用して、山根たちとの共同研究者とし、ウィルスとワクチンの開発、生産に利用するためである。
もう一つの目的は、キリコを妻にすることによって、ケンヂに精神的打撃を与えることで悦びたいという、常軌を逸する執念深さの産物のようなものかと思う。
彼の言葉で表現すれば「けんぢくん、あそびましょ」ということになるのだろうが、この後者については血のおおみそかにも出て来るので、もう少し後で考えてみたい。
取りあえず、前者の、研究者として必要だったキリコを勧誘した手段の一つが、ケンヂが見つけた手紙であろう。「計画」とは何か、詳しく語られていないが、ワクチンの開発と考えるのが自然だと思う。
このブログの第19回で触れたように、1995年にエボラ出血熱がアフリカで大流行しているが、これが史上初めての流行ではない。この物語の設定上、全身の血が抜ける病気はエボラとはなっていないが、ともあれ、ともだちは細菌兵器を開発する意志を持ち、かつ、ウィルスを政治利用しようとしていたのだ。
他方で、キリコはアフリカでレジデントを修了しており、微生物に関心を持つメディカル・ドクターとして、エボラ出血熱なり、物語上の出血熱なりを予防するウィルスの開発に使命感を持って不思議ではない。
フクベエはキリコとの会話なり手紙のやり取りの中で、彼女の夢を訊き出したか、あるいは誘導尋問的に話を合わせたのか、どうにかして彼女に「同じ計画」を持つもの同士であると納得させたらしい。とはいえ何故、彼女が家族に黙って家出したのかについては、いまだに私も整理できないでいる。
ともだち一党が、実際にどのようにして具体的にキリコを説得していったのかは、後に出て来るので、ここでは詳しく触れないでおきます。少しキリコの人生の話ばかり長くなってしまった。先に進もうと思う。諸星さんの死、そして、ともだち一派の連中が新たに登場してくる。
(この稿おわり)
うちの朝顔は真面目なので、毎日、必ず一つは花が咲く。(2011年8月1日撮影)