おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

喫茶さんふらんしすこ スナックロンドン (20世紀少年 第73回)

 喫茶「さんふらんしすこ」で、キリコとケンヂの姉弟が、映画を観た後の時間を一緒に過ごしている。第2巻の第10話「予言者」。1967年、ケンヂは小学校の2年生か。映画は「ゴジラの息子」。その主役が柳家金語楼に似ていたとは、ケンヂに言われてみると、確かにあの目のあたりはそっくりだ。

 ケンヂの記憶では、映画は国際劇場で観たことになっている。この映画館の名前は第1巻に出てきていて、すなわち、173ページ上段にあるポルノ映画のポスターの下に、「国際劇場 上映中」とある。客層がかなり違うと思うが、相当、多角的な上映方針の映画館であったらしい。


 このとき観た映画の思い出を、2002年、キリコは鳴浜町の老人に語っている。彼女は町おこしの映画祭で、図らずもこの映画を再び観て泣いた。15万人を踏みつぶしたゴジラになってしまった自分、その騒動に巻き込まれて死んだ弟、連絡を取りたくても取れない置き去りにした娘、この先どうなるか変わらない恐怖の世界。

 喫茶店でのキリコは、まだ小学校の高学年だろうか、ゴジラの子も、親一人では子供は生まれないなどと、ませた知識を披露しているのは、さすが博物系の少女。難しそうな本も読んでいる。映画鑑賞は、親代わりの彼女がケンヂを楽しませるために連れて行ったのだろう。


 ケンヂは初めて経験する喫茶店で、アイスクリームとチェリーが載っかったクリーム・ソーダ(たぶん)をいただきながら、キリコ相手に動物の生殖について議論していたのだが、途中から隣のカップルの同棲話に気を引かれてしまう。さらに、喫茶店を出たところで、隣のスナック「ロンドン」のお姉さんに「何だい、坊や」と語りかけられてしまう。

 このため、サンフランシスコとロンドンは、大人の世界を垣間見た少年の記憶として小さな脳味噌に刻み込まれてしまい、回り回って両市の市民は、たいへん迷惑な目に遭うことになった。

 それから時代は1997年に戻り、お母ちゃんが相変わらずコンビニの売り物の新聞を読みながら、サンフランシスコにも謎の病原体が出たと騒いでいる。始まったのだ。脚本「よげんの書」の演出が。


 なお、ロンドンとサンフランシスコという地名が選ばれたのは偶然ではあるまい。この作品に出て来る多くのロック・ミュージシャンは、この二つの街で生まれ育った。

 すなわち、60年代から70年代にかけて若者の魂を揺るがしたブリティッシュ・ハードロックとウェスト・コースト・サウンズの発信源がこの両都であった。浦沢さんは意図的に選んだのだろうと思う。私はサンフランシスコで2年ほど暮らした。ロンドンも旅行した。思い出は尽きないが、ここで長話はよそう。

 ともあれ、ケンヂは恐れおののいているお母ちゃんに対して、「バリバリ働かかねえとコンビニの契約、切られちまうぞ」と叫び、ようやく社会人として独立せんとの気構えを見せた。その矢先だったのだ。ドンキーのダイイング・メッセージが届いたのは。



(この稿おわり)



「正直親切」の石碑は、このフクロウが見守っている。光太郎の母校です。。。
(第一日暮里小学校前にて。2011年7月30日撮影)