おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ケンヂを捜しにきた男     (20世紀少年 第74回)

 まだ第2巻も終わらない時点で、このブログの更新も73回を数えたが、ここまでで、ようやく物語の導入部分が一段落ついたと思う。ここから先のケンヂは、これまでのケンヂとは別人にならざるを得なくなってしまう。

 第2巻の126ページからの場面は、血まみれの姿で、ともだち一派から脱出してきた男と、ホームレス、神様、ケンヂたちとのやりとりである。貧しいなりに、世渡り下手なりに、何とかなっていた彼らの日常生活が、この逃亡者のもたらした情報とお願い事のために一変することになる。


 神様の対岸に住んでいる3人のホームレスは、しばらく前のシーンで子供たちに暴力を振るわれた浜さんと、へーちゃんと、チュウさんである。彼らの「住い」は橋の下に3軒並んで建ててあり、両サイドには雨が降り込んだときに備えて、傘が立てかけてある。

 第2巻の176ページ、へーちゃんの家に、見知らぬ男が勝手に上がりこんでいた。しかも腹を刺されて血まみれで、息も絶え絶えの様子である。3人が男にかける言葉というのが、「死ぬならこんなとこで死ぬな」、「金持ってんのか」、「保険証あるのか?」という、まあ、一応は心配している様子である。「ない」という真面目が返事があった。

 そして男は苦しげに語る。「俺は捜してたんだ。ケンヂ。偉大な人物だ」。ホームレスの3人はケンヂの名を知らないのだが、さすが後ろで聴いていた神様は夢で見て先刻ご承知であり、先日、初対面も済ませている。呼んでも来ないだろうということも分かっており、ついては走るのが速いチュウさんを伴って、コンビニに出かけて行くことになった。


 弁当を持ち逃げして、ケンヂに追いかけさせようという算段である。チュウさんが選んだのは、ケンヂの店の看板商品である「幕の内デラックス」ではなく、「しょうが焼弁当」であった。神様も「いいの選んだな」と感心している。そう、スタミナを必要とする者には、しょうが焼きが何よりであろう。

 神様に「ここで走らないと、ろくな死に方をしない」と脅されてチュウさんが逃げる。ケンヂは、かつての万引きに心の傷を持つ男だが、今はコンビニ店長として燃えているので、当然、追いかけて走る。しかし、遅いので速度調整されてしまうのが情けない。背中のカンナが興味津津で目を丸くして見ているのが可愛い。


 チュウさんが、へーさんの家までたどりついて、ようやくここで、腹を刺された男とケンヂの初顔合わせが実現する。死にゆく男にケンヂは、こう言われている。「本当にお前が...? こんなバカ面した奴が...」。初対面でここまで言うのは、通常、非礼であろうが、こちらは命がけで逃走してきたのだ。

 「偉大な人物」ケンヂは、「この人ケガしてる」と大慌てなのだが、それに構わず男は話さなければならない。使者は命がけだ。古代オリンピックは、マラトンの使者なしに語れない。黒田官兵衛も使者に出かけて死にかけた。


 2014年、救世主が新宿の教会で、集会に現れると「しんよげんの書」は云うが、すでに救世主たちはここに集まっている。命を賭して伝言を運んだ男、ケンヂとカンナ、神様と3人のホームレス。橋の下のささやかな集合住宅前で、反撃の狼煙は上がったのだ。



(この稿おわり)


夏の王者、ミンミンゼミ。神楽坂の産。(2011年8月4日撮影)