おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

壁 (21世紀少年 第518回)

 カツオ達の好きなテレビの深夜番組「イレブンいい気分」の大先輩、「11PM」でも大活躍された藤本義一氏がお亡くなりになりました。謹んで哀悼の意を表します。白髪の洒落たおじさんという印象でした。サバダバ。


 さて。第16集の第9話は「近代史」。かつて、カンナが反発し、コイズミが疑問を持った歴史の教科書の近代史に、サナエも不満を抱いている。その日、朝食を届けたのはカツオではなくてサナエだった。彼女は弟と異なり声もかけずに、いきなり物置小屋の扉を開けたので、中で棒をつなぎ合わせて杖を作る作業をしていたオッチョを驚かせた。

 サナエは「大丈夫ですよ、そんなに警戒しなくても」と爽やかに言っている。彼女はオッチョの棒術の恐ろしさも知らないし、この男が”ともだち”にとって、どれほど危険人物かも知らない。今朝サナエが配達係になったのは、カツオが夏休みの登校日だからだ。オッチョはまだ知らないが、カンナが決起の準備を進めている8月20日まで、もう何日もない。


 サナエは先夜の話の続きをしたいらしい。何が良いのか何が悪いのか、オッチョを撃ったのは過激派なのか”ともだち”なのか、教科書の近代史を読んでもたったの2ページしかなく、しかも”ともだち”が世界を救ったことしか書かれていない。図書館の本も全て検閲されている。どこかの国のようだ。

 頼みの綱のお父さんも毎日のように酔いつぶれては、「生きてるだけでめっけもん」とか、「そのうちなんとかなるだろう」などと言うばかり。どうもこの物語に出てくるカンナ、コイズミ、サナエといった少女たちは父親に恵まれていないな。だが、ここで同じ中高年男としては、父ちゃんの立場も斟酌して上げたい。

 
 このあとサナエが語っているように、彼女ら一家は好きでここに住んでいるわけではなく、ともだち暦に入ってから強制移住させられたのだ。父ちゃんは仕事も変わっただろう。大勢が死んだのを知っているのだから、生きているだけで「めっけもん」というのは嘘偽りのない心情であるに違いない。

 サナエは184ページでも、”ともだち”に何の疑念も示さない父親について、「モーレツサラリーマンは仕事が忙しいから」そんなこと気にしていられないのだと批判的に言っているが、実際、こんな時代に知らない土地で家族を養うため、父ちゃんは相当がんばって働いているはずだ。


 それはともかく、君の知っていることを話してみろとオッチョに言われ、サナエは2015年万博の開幕式で”ともだち”がローマ法王を暗殺から救ったこと、そのあと世界中にウィルスが蔓延したと語ってしている。そこでオッチョが、君らの家族は万博の開幕式に行っただろうと言い当てている。彼が何故この事情を知ったかについては第17集において詳しい。
 
 サナエ一家はそろって助かり大喜びをしたのも束の間、不本意な引越を強いられたばかりか、なぜか東京に壁が出現し始めたのだ。この壁の建設については”ともだち”も万丈目らも、その目的をちゃんと語っていないので真意をつかみ損ねている。単なる壁だけではなく、出入りは厳重な警戒下にある。何から何を隔離しようとしたのか。

 第21集の143ページに出てくるカンナと仲間の男の会話によれば、壁は環七に沿った形で張り巡らされているらしく、おそらくその壁の内部を差すと思われる「東京」の人口は、50万人から100万人程度であるという。環七こと環状七号線は、大雑把にいうと東京23区の一番外側にある区を貫きながら、皇居を中心としてぐるっと一回りしている。


 サナエは壁がまず目黒区、続いて品川区と言っているが、正確には環七は品川区を通っていない。ただし、南隣の大田区と品川区の区境のすぐ近くを走っている。サナエやカツオの家は、サナエが壁近くのデモに参加しているので環七の近くだと仮定すると、この目黒区や品川区あたりにあるのだろうか。後に出てくるが、サナエは新宿まで子供の足で歩いて2時間くらいと言っている。少し遠い。

 他の候補は23区の西部なら世田谷・杉並、北側なら練馬・板橋あたりか。これらの区には、カツオがオッチョを救出した橋沿いくらいの川幅を持つ河川もある。万博会場はもしかしたら羽田空港の跡地かもしれないと以前、勝手に推測したのだが、環七沿いに壁ができたとなると羽田はその外側になってしまうので、ちょっと都合が悪いな。


 人口の減り方も凄まじい。現在、東京23区の人口は900万人弱だが、ともだち暦3年の壁の中は、その数分の一から十分の一ぐらいになってしまったのだ。死んだか、追い出されたか。オッチョ自身は追い出されたと言っているし、同じような証言が後からも出てくる。一応、壁建設の名目は、東京都民の衛生の確保か。

 幸か不幸か、半世紀以上前の姿に変わり果てた東京に残ったのは、サナエの家族のように万博の開幕式に出た人たちや、友民党員ほか”ともだち”一派など、ワクチンを優先的にもらえる人たちだけで、それ以外は放逐されたのではないか。万博開幕式の参加者数は、カンナが入手した名簿によると65万人。だいたい計算も合う。


 外形的には東京が囲い込まれたようであっても、実際には東京以外が東京から隔離されたと言ってもいい。壁の外では開幕式出席者にワクチンが届けられただけで、あとは野となれ山となれという扱いを受けていることが後にわかる。オッチョも知っている。ただし、東京の壁の中にも壁があるのかどうか、彼にはまだ分からない。

 サナエに訊くと、ここと新宿の間には幸い壁はないらしい。オッチョは、歌舞伎町教会に行こうとしているらしい。かつての仲間でもし生存者がいるとしたら、その居場所が一番高い確率で分かるのは仁谷神父だろうから、オッチョはまず神父を探すことにしたのではないだろうか。

 私が代りに行こうかとサナエは親切だが、オッチョは「教会なんて、他人に行ってもらっても意味ないんだよ」とお断りしている。でも例えば、お百度参りは受益者本人でなくても霊験あらたかだと思うが。とはいえサナエを連れて、歌舞伎町に行くわけにもいくまい。「お祈りに行くんですか」とサナエ。「まあ、そんなもんだ」とオッチョ。



(この項おわり)




秋といえばコスモス。実家の近所の庭先。 (2012年10月20日撮影)





 銭のない奴ぁ 俺んとこへ来い
 俺もないけど 心配するな
 見ろよ 青い空 白い雲
 そのうち何とか なるだろう

         ハナ肇とクレージーキャッツ 「だまって俺についてこい」
 









































































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