老いを見つめる
神谷美恵子「こころの旅」の最終章、第十章「旅の終わり」に進みます。その前に、文脈のつながりを意識して、前回に第八章「病について」から引用した箇所を再掲します。一般的に言えば、人間の条件として、苦、老、死に対して何らかの不安をおぼえるは当然…
前回の続き。第八章「病について」から、もう一回分の記事を書きます。文中に「病にかかったものは当然不安を抱くはずと考えられる」と記しつつ、医師の立場からして「それがはっきり観察されることは案外すくない」とあります。そうなる理由について、著者…
前回の続きで神谷美恵子「こころの旅」の第九章「病について」です。年をよると「病」と「老」は不可分のものとなりますが、それでも違いを挙げると、加齢による自然現象は個人差があるとはいえ共通点があります。老化の速度や程度は人それぞれですが、衰え…
神谷美恵子「こころの旅」の第九章「病について」に進みます。先述のように、本書は雑誌に連載された記事を単行本にまとめたものですが、出版にあたり、ページ数・字数が不足していたそうで、この第九章を加筆、挿入したと著者が「あとがき」で述べています…
前回の続き。神谷美恵子「こころの旅」の読書中。第八章「人生の秋」(向老期)より、もう一つ、話題にしたい事柄があります。著者は本書においてそれを「エポケー(判断停止)」と呼んでいます。ギリシャ哲学の概念で、一旦停止、区切りのような意味らしい…
引き続き神谷美恵子「こころの旅」の第八章「人生の秋」すなわち向老期についての読書です。この章は著者も読者の私も、年齢的に該当する時期ですから、本文も長いし感想文も長くなっています。前回、著者は女性の閉経について触れていました。その続きに、…
神谷美恵子「こころの旅」の第八章「人生の秋」には、「抵抗」という言葉が何度も出てきます。前回の「向老期」は、自らの老いに対し抵抗する時期との位置づけのようです。同感です。この作品を連載していた当時の著者は、六十手前でしたので、ちょうどその…
今回から神谷美恵子「こころの旅」の後半(第八章以降)を読みます。第八章「人生の秋」は、第七章「はたらきざかり」の次の段階、人生の次の季節です。「はたらきざかり」は、文中で「壮年期」とも言い換えられています。年齢層は「いちおう二十五歳から五…
最初に神谷美恵子「こころの旅」を読んだとき、これは良い本に巡り合ったなと冒頭部分で思いました。印象に残った分を飛び飛びに転記します。この「こころの旅」が、「からだの健康」という雑誌の連載だったことも関連しています。・ 人の生にこんなにも重み…
今回からしばらくの間、神谷美恵子著「こころの旅」を読みます。「あとがき」によると、この書籍は1973年1月より、「からだの科学」という雑誌に連載された一連の記事を、単行本にして商業出版されたものです。著者(故人)は精神科医で、「からだの科学」誌…
しばらく読書感想文や書籍の案内が続きました。今回は観点を変えて、平均余命の話です。先日、何かの記事で高齢者になれば重要なのは、平均寿命と現在の年齢の差ではなく、現在の年齢における平均余命だとありました。なるほどと思います。いずれもあくまで…
あともう一回、岸本英夫氏著「死を見つめる心」についての記事を書きます。著者の原発ガンは、詳しい検査を受けても、なかなか見つかりませんでした。それは髪の毛に隠された位置にある皮膚(ほくろ)だったそうです。この闘病記は、1960年代から70年代にか…
前回の続きで岸本英夫氏著「死を見つめる心」の紹介文です。私が青少年のころは、リンパ腺という言葉が使われていたように思いますが、正式な医学用語は「リンパ節」なのだそうです。以下はネットの諸情報から拾ったもので、本を読むための大雑把な情報を集…
これまで多田富雄著「寡黙なる巨人」を読んでまいりました。いくつかのテーマを選んで紹介文を書きましたが今回が最後です。標題のとおり、リハビリテーション。寝た切り患者だった著者が、約半年後からリハビリを始めます。専門医等の指導による本格的な治…
前回のつづきで多田富雄著「寡黙なる巨人」の読書です。前々回に著者の免疫学の概説に出てくる「自己」という概念に触れました。本書にも「自己」、「自分」が登場します。脳梗塞で「半醒半酔」(夢うつつ)の状態になりました。医師からはすっかり元には戻…
今回から多田富雄著「寡黙なる巨人」の読書を始めます。前回、前掲立花書から免疫学における「自己」や「自分」という言葉を拾ったのには訳があって、この著作にも「自己」、「自分」が出てきます。その話題は次回とし、今回は状況説明です。何がどう起きた…
今回から二人の研究者による闘病記の案内文を書きます。以前、小説を題材にしたときは感想文と呼びました。フィクションの場合、登場人物の心理を推量したりといった読み方は自由ですし、それが楽しみでもあります。でもノンフィクションの場合、しかも故人…
先回話題にしたように、次回から二人の学者(いずれも故人)の闘病記を読みます。いずれも文庫本で買いました。もう十年以上前のことで、何がきっかけになったのか覚えていません。そのころ死生について考えるような出来事があったかと考えてみると、一つは…
何回かの記事を費やした重松清著「その日のまえに」の感想文も今回が最後です。この連載は「生老病死」のうち、「老」が最も縁が薄い作品を扱っており、「老いを見つめる」というカテゴリー名から少し離れていますが、老いた私が本を読んでブログを書いてい…
重松清「その日のまえに」の終盤にある短編「その日」および「その日のあとで」には、これら以前の収録作品の登場人物が再登場します。重松書の感想文もあと二回。私の好みの登場人物を二人、タイトルにします。今回は「ひこうき雲」に出てきたクラス委員の…
青少年時代になじんだ日本語が、どんどん消えたり変形したりしています。古今東西、言葉とはそういうものでしょう。私も大人から、言葉遣いが変だと何度も叱責されました。それでも、当時は大人から(家族親戚だけではなく、読書や映画などからも)、長く使…
何回か前に、昨年は4本もの歯が折れたり欠けたりし、その治療と部分入れ歯・マウスピースの処置がようやく終わったと思ったら、年末に入れ歯の一つが割れてしまい、そのまま年を越したと書きました。その部分入れ歯は年初に修復し、これで今度こそ一段落かと…
重松清「その日のまえに」を読書中です。これまでに短編「その日」まで進みました。アインシュタイン博士は相対性理論において、時間と空間は絶対的ではない(伸びたり縮んだり歪んだりする)と説いたそうですが、私たちの自覚のうえでも、特に時間は同じ速…
新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。新年第一回の投稿ですので、できるだけ前向きな記事にしようと考えておりますが、「老いを見つめる」というカテゴリーですから、最初はやっぱり毒を吐きます。そういう言葉を使…
本年最後の話題は私の歯です。ネットの諸情報によると、若干の相違はありますが、六十代の日本人男性の歯の本数は、22~23本ぐらいのようです。私の場合、被せ物や折れた歯を接合したものが2本あり、それを入れると65歳で23本ですから、まずまず平均的です。…
重松清「その日のまえに」収録の短編、「その日」に戻ります。感想文の続き。意識のない妻の和美を病院に見舞った主人公は、職場に戻り、社長の留守中に仕事の依頼があったことを部下の工藤くんから知らされました。その依頼は諸条件からして彼の事務所が請…
今回は読書感想文を一回休み。とある新聞記事に興味を抱きましたので、その概要と一読後の感想を記録します。記事は東京新聞の本年12月3日朝刊、第7面の「考える広場」にある「アンチエイジングの行く先は?」。タイトルの印象からして、アンチエイジング(…
前回の続き、重松清「その日のまえに」収録の短編「その日」です。病院からタクシーで自分が経営する会社に戻った主人公に、唐突な仕事の依頼が待っていました。社長の妻の和美が、「その日」を迎えつつあることを社員も知っています。もう誰も容態を訊いて…
前回の続きです。今回は短編集の最後から二番目の作品、「その日」。ちなみに最後の作品は「その日のあとで」。この作品集における「その日」とは主人公によると、「僕たちは、いずれ訪れる和美の亡くなる日を『その日』と呼んでいた」。ただし、この短編は…
多くのブログが自慢話と商売っ気満載の賑やかなものであるのに対し、このカテゴリーは目下の(そしてきっとお呼びが来るまでずっと)私の一番の懸念である四苦(生老病死)を主題にしていますから何とも暗い。最近、年を取ると心も老いて弱くなるのだろうか…