おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

地球の上に夜が来る (20世紀少年 第763回)

 第22集第9話「何もするな」というクライマックスの章は、「ここで弾いてたんだ...」という主人公ケンヂのセリフで始まる。場所は一番街商店街。同行者は漫画家の氏木氏。関東軍攻城戦の仲間は東京に入って解散したらしい。蝶野刑事はヤマちゃんおじさんを探しに、スペードの市はきっと妹さんの看病に。

 氏木氏は「さぞかし盛り上がったんでしょうね」と今のケンヂの人気を踏まえて応じているのだが、「いや、誰も立ち止まりもしなかった」と相手が不愛想に言ったので慌てている。氏木氏はカンナが主催する今回のフェスティバルのポスターをどこからか手に入れてきており、今度こそ盛り上がりますよと場を盛り上げるのに忙しい。


 もう暗い。地球の上に夜が来ているのだ。彼はそう歌って、悪夢の時代がくると警告したのだが、わずかな仲間以外、誰も気付いてくれなかったようなだった。彼が最後にここで歌ったとき、二人の若いのが拍手してくれたのだが、彼らでさえごく近い未来の自分たちの運命にすら思いが及ばなかった。

 この商店街をバイクで走り去った直後の彼らも、この商店街から3歳児のカンナが歩いていける距離にあったラーメン屋○龍の師匠も、ロボットのまき散らすウィルスで亡くなった。ケンヂとカンナも実は大変危ない場所にいたのだ。


 この漫画は夜になると変なことが起きる。首吊り坂の幽霊、理科室の夜にドンキーが見たもの、血の大みそか、ともだちランドでヴァーチャル・アトラクションに入って半死半生で戻ったコイズミ、サダキヨが博物館に放火した夜、カンナは実の父が”ともだち”であることを知った。フクベエと山根が死んだのも夜の新設理科室。そして雨の夜、”ともだち”は新宿や西麻布に姿を現した。

 氏木氏がきっと何十万人も集まると力説していたとき、ケンヂは商店街の片方の入り口方面から、大勢の人が走って逃げてくるのを見た。彼らは口ぐちに最後の時が来た、巨大ロボットがまた動き出したと叫んでいる。”ともだち”は再び巨大ロボットを使って、世界を滅ぼそうという魂胆か。しかし今回なぜか最後までウィルスを使った形跡がない。


 みんなが逃げてきた方向にケンヂが歩き出す。驚いた氏木氏がその先を見れば火の手が上がっている。「いかなくちゃ」とケンヂは言った。「行くって、フスティバル会場?」と氏木氏は訊いたが、ケンヂはもう一度「行かなくちゃ」と言っただけで燃える町に向かって歩き出す。

 フェスティバルに行く気があるのなら、言葉を変えていえば、先ずはカンナに会いたいのであれば、このポスターを見たらすぐに万博会場に向かったはずである。だが東京案内をしている場合ではないのに、氏木氏を連れてケンヂはなぜか一番街商店街に戻ってきた。ほかに手がかりも思い浮かばなかったのかもしれない。どうやって”ともだち”を見つけることができるのかについて。


 あの夜、ちょうどこの商店街にいたころ、最初の巨大ロボットが動き出した。そして18年ぶりに同じ場所に戻って見れば、今度は別の巨大ロボットが動き出したのである。”ともだち”の知ったことではないが、ケンヂにとっては単なる偶然で済まされるものではない。彼はカンナに誰でも一度はやらなきゃいけないときがくると言って出かけて、ようやく戻ればさっそく二度目だ。

 しかも今回は秘密基地の仲間もおらず、同行者といえば漫画は上手いが戦闘力不明の氏木氏のみ。武器は背中のギターだけ。作戦も何もなく、とにかく現場に行かなくちゃという状況になった。現場とはどこか。どうやらケンヂには確信があるようで足取りも確かだ。20世紀最後の夜、ケンヂと”ともだち”とロボットが顔を合わせたのは新宿であった。その方角が燃えている。



(この稿おわり)






花菖蒲 (2013年6月13日撮影)





 行かなくちゃ 君に会いにいかなくちゃ
 君の町に行かなくちゃ 傘がない

               井上陽水 「傘がない」



















































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