おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

蝶野刑事復活の日 (20世紀少年 第762回)

 第22集の141ページ目。すでに夜の東京には火の手が上がっている。山崎という表札がかけられた家の中で、「やれやれ、何かおっ始まったな」と独り言をいっているのはヤマさんだ。そして、どっちにしろ早く逃げたほうがと言いかけたところで、「待ってください」と待ったがかかった。

 スーツケースに何やら詰め込み終えたばかりのヤマさんは、廊下に立つ人影に「親友隊か?」と声をかけて両手を挙げている。粛清は親友隊の管轄か。ヤマさんは取引を持ち掛けた。スーツケースの中に党から持ち出した金があるから山分けしようというご提案である。元警視庁長官の口からそんなことを聞きたくなかったと言いながら蝶野将平が珍しく厳しい表情で姿を現した。


 もっとも身なりはスリーナインのままである。ヤマさんもちょっとあっけに取れられて「将ちゃん...」と反応するのが精いっぱい。ようやく気を取り直して、彼が口利きをした北の検問所から何故わざわざ東京くんだりまで戻ってきたのだと問う。将ちゃんはこれを機に、これまでの鬱憤をまとめて晴らし始めた。

 北の検問所は罪もない人たちが殺される職場。足立で入院しているはずの母にさえ会えない。その母が持たせてくれたお守りには盗聴器が仕掛けられて、ブリトニーさんが殺された。彼女の最期は将ちゃんとダンスを楽しんでいたときに突然訪れた。「いい奴でした」と将ちゃんは語る。

 
 ヤマさんはこれらの追及に一切答えることなく、今度のウィルスはタチが悪いから逃げたほうがいいと話を逸らしたのだが、昔みたいに針で刺すのとは大違いでなどと余計なことを言ったため、将ちゃんの怒りの火に油を注いでしまった。じいちゃんもその針で殺されたのか、誰になぜ殺されたのか。

 ヤマさんは「知りすぎたんだよ」と言った。将ちゃんの表情が険しい。少なくともヤマさんは当事者の一人であったことを認めたのだ。ヤマさんによるとチョーさんは、”ともだち”が「フクベエ」であることを突き止めていたばかりか、「その先の人物」までたどり着いていたのだという。チョーさんはハットリのあだ名まで調べ上げていたらしい。


 それが「今現在の”ともだち”」だとヤマさんは言った。そして”ともだち”が死んで復活したとき、やっと「その先の人物」の意味とチョーさんの恐るべき捜査能力を思い知ったのだという。ということは、チョーさんに針を刺した後でヤマさんが電話で報告した相手はフクベエかもしれないが、「その先の人物」かもしれないということではなかろうか。

 「あなたを逮捕します」と蝶野刑事は言った。現行犯でもないのに令状なしで大丈夫だろうか? なぜかニヤリと含み笑いをしたヤマさんだったが、外部からの狙撃で左肩を撃たれて転倒した。親友隊か。お前ひとりなら逃げられる、置いていけとヤマさんは言ったが、蝶野刑事は身柄を確保すると宣告して、ヤマさんを屋外に引きずり出した。


 ヤマさんは、チョーさんが21年前にすべてを洗い出した捜査レポートの在りかを教えてやると言った。1997年の21年後は2018年だから、西暦2015年の次の年が”ともだち暦”の元年という勘定になる。この日がまだ”ともだち暦”3年ならばの話だが。そのレポートは、ヤマさんによると「誰も入ってはいけない場所」すなわち万博会場の太陽の塔の中にあるという。

 ふむ。少なくとも3人は入っている。13番、ルチアーノ神父、そしてこの蝶野刑事。”ともだち”が鍵を持っているという話であった。なぜ入ってはいけないのか。「遊びましょう」の走馬灯を壊されては困るのか。天井に妙なものが見つかると困るのか。それよりなにより、ヤマさんはどうやって塔の中に入ったのだ? それとも”ともだち”自身が保管したのか。分からぬ。


 かつての先輩後輩の押し問答は続く。俺を置いていけとヤマさん。あなたを逮捕すると蝶野刑事。体が動く分、将ちゃん有利であった。「いつか僕はなる」と蝶野刑事は闇夜に誓う。チョーさんと呼ばれる刑事に、伝説の刑事チョーさんに。夜の東京はますます燃え盛る炎に包まれ、夜空が焦がされている。

 ”ともだち”が木造家屋ばかりにしたから火の回りが速いのだ。幕末維新のころ来日した欧米人は、火事で焼け出された江戸っ子が、平然と家を建て直し始める姿に驚嘆したらしい。火事と喧嘩は江戸の華。裏長屋は「焼屋造り」という工法で、壁も屋根も板張りだけだったらしい。その炎に向かって元逃亡警察官、近い将来の続伝説の刑事、蝶野将平はヤマさんを連行していく。



(この稿おわり)




拙宅の琉球朝顔 (2013年6月13日撮影)






































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