おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

お前の柔道 (20世紀少年 第869回)

 大型連休も終わり。仕事と体調のせいで、ほとんど外出しませんでした。さて、下巻も112ページまで来た。マンガ家の皆さんが息を切らせて走っている。歩道の鉄柵が民家の屋根と同じくらいの高さなので、どうやら高架の坂道を駆け上がっているらしい。3人とも見るからに運動不足である。

 ロボットを発見した氏木氏は「すごい、まるでマンガだ」と感嘆し、そんな場合かとも思うがスケッチを取り始めた。この危機を救う正義のヒーローはいないのかと心配する角田氏の目の前を一台のバイクが通りすぎていく。氏木氏にはおなじみの自称・矢吹丈であった。


 あれこそヒーローだと角田氏は感動し、氏木氏にスケッチの続きを命じているが、オッチョを描くんじゃなかったのか? しかもそのヒーローのバイクは坂道でガス欠を起こして運転手ごと横転している。ケンヂは腹いせに愛車を一蹴りしたあと走り出した。本人にはまだ動力が残っている。

 行先の秘密基地ではカンナが頭に浮かんできたイメージをユキジに伝えている。Aと書いてある建物。マンガの本は先ほど敷島娘の部屋にあった「魔人ガロン」「ワンダースリー」「スーパージェッタ―」。おまけにカンナは嫌なものを見た。リモコン。その場所からロボットを操縦しているらしい。


 サダキヨの病院から走って来たオッチョがようやく基地に到着し(彼は運転免許がないのだろうか)、「そりゃあ俺ん家だ」と声をかけた。建物の正体をこの情報のみで見破っている。Aだけで分かるのは、オッチョの人生に偶然はないからだな。ヨシツネが宿題を教わりに行ったときに彼が受験勉強していたあの団地だったのだ。

 しかしオッチョは自分の部屋ではないという。根拠は彼が「スーパージェッタ―」の本を持っていなかったからだと迫り来るロボットを悠然と眺めながらオッチョは言う。この先はすでに書いた。オッチョはカンナに部屋番号をイメージさせ、「205」号室という答えに考え込んでいる。


 柔道家のユキジは身が軽い。その団地には自分が行くと宣言し、立ち上がって「オッチョ、あなたは」と声を掛けた。オッチョはようやく振り仰いでロボットを見る。「俺はあいつを止める」と歩き出すオッチョ、「頼んだわよ」と袂を分かつユキジ。相手にされていないカンナ。

 ケンヂはかろうじて間に合った。おかげで主要登場人物の4人が、4人だけで出揃った唯一の場面が始まる。「どう倒す?」とヒーローは訊いた。相手はユキジである。「お前の柔道なら、あいつ、どうやって倒す?」とケンヂは繰り返し質問した。彼は手ぶらだし鼻血が出ている。そんな状態で敵前において作戦会議だ。


 不意を突かれたユキジは「足払い?」と自信無げに答えている。あいつを柔道で倒すという荒唐無稽な発想は、常識人のユキジには湧いてこないのだ。それでも即答するとは、間もなく出てくる質問者の少年時代の思い出がなす業か。

 「よし」とケンヂはサングラスをかけなおす。説得力があったらしい。当然オッチョは待てと止めたが、ケンヂはここで待ってろと譲らない。「バカ言え」とオッチョは言った。彼にまでバカ扱いされるとは。


 前線における兵力の分散と逐次投入は危険な戦術である。個別撃破される恐れがあるからだ。しかしケンヂは相変わらず巻き込まれる人数は少ないほど良いという頑固な戦争思想を捨てない。俺が失敗したらオッチョで、その次はカンナだと言い残して去った。

 これは秘密基地といっても”ともだち”が再現したレプリカに過ぎない。だがケンヂは大真面目で「とにかく踏みつぶさせない。これは俺達の秘密基地だ」と語る。基地はさっきヴァーチャル・アトラクションでもCG版を見て来た。これを踏みつぶすという発想が許せないのだ。フクベエもサダキヨも秘密基地には興味津々であったが、多分このロボットの持ち主には反感しかない。


 柔道に詳しくない私は、てっきり足払いとは相手が体重を支えている脚を払う大外刈りと同様の技だと思っていたのだが、どうやら違うようだ。出足払いとも呼ぶように、前方に出て来たほうの脚を横に払うらしい。確かに今回、刈るのは至難だが払うなら工夫の余地がありそう。

 迫り得る巨大ロボットの真正面からケンヂは接近する。地球の上に夜をもらたす者。だが、われらの主人公には、あらゆる冒険物語や正義の味方シリーズの主役が共通して持つべき不可欠の素質がある。勇気という。


 場合によって蛮勇ともいう。ケンヂはロボットの真下まで接近し、巨体の腹を見上げた。敷島教授のテントがまだ被さっている。再びあのとき以来、その布の切れ端をひっつかんでケンヂは「今、行くよ」と存外、丁寧に声をかけた。相手は「今、来るよ」とは言わなかった。ともかく、この機械に悪意があるわけではないのだ。それに生みの親の最初の一人は彼自身なのだから。

 ようやく運転席にたどり着いたケンヂは吐き気をこらえている。二足歩行の運転は無理だと敷島先生が予言したとおり、乗り心地が悪いのだ。ケンヂは「止まれ、コラァ」と叫んでレバーを動かそうとする。しかし手動操縦ではないのか、運転方法が間違っているのか、ロボットは止まろうとしない。



(この稿おわり)





近所の鉄道沿線にて  (2014年3月23日撮影)





 口で言うより 手の方が早い
 バカを相手の 時じゃない
 行くも留まるも 座るも伏すも
 柔一筋 柔一筋 夜が明ける


       「柔」  美空ひばり




 たとえ淋し過ぎる夜が来たって
 新しい朝 必ず来るさ


       「100%勇気」  忍たま乱太郎







































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