おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

円盤 (20世紀少年 第675回)

 第20集の第9話は「どっちがどっち!?」という妙な題名がついていて、西暦2000年以来、久しぶりに史上最悪の双子が登場する。最初の遭遇者は「ともだちタワー」とやらの地下にある工場に入り込んだオッチョとユキジ。この両名は冷静沈着な人物であり、雨の新宿でフクベエ顔の男を見たときも、先ほどカンナの策略で身柄を拘束されたときも度を失うようなことがない。

 ところがこの章の二人の表情や言動はどことなくコミカルで、それもそのはず、見る物、会う人、聞く話、どれもが全く子供じみていて、それに反応しているうちに少し子供っぽくなったのだろう。クラス会でいい年したおっさんおばさんたちが、子供時代に戻って騒ぐのと同じようなものでしょう。


 何なのこれは、これってまさかとつぶやくユキジが見下ろしているのは、オッチョによると「おそらくそのまさかだ」であり、大真面目な顔で「どこをどうみても、これは」というオッチョの顔と修辞が可笑しいが、ともあれ彼の見解は「空飛ぶ円盤だ」であった。私もそう思う。物語の少し先で空を飛ぶ円盤は計3枚だが(数え方は、一枚二枚でよろしいでしょうか。番町皿屋敷みたいだが)、ここでは一枚だけがみえる。

 ゴウン、ゴウンという機械音は、おそらくエンジンの音なのだろうが、この円盤はまだ鉄線で壁に繋ぎ止められたままだし、飛ぶのはまだ先の話なのでエンジンの試運転であろうか。この擬音語から思い出す風景がある。30年前に社会人になったころ、通勤帰宅は日比谷線常磐線を北千住で乗り継いでいたのだが、映画や飲み会で通勤定期の経路を外れた日は、ときどき上野駅から常磐線に乗った。


 帰宅の時間帯にもよるのだが、運が良いと何台ものブルー・トレインが横にずらりと並び、北国に向かう夜の出発に備えてエンジンを暖めるゴウンゴウンという音が鳴り響いている。旅好きの自分には堪えられない旅情を招く。二十代半ばまでに沖縄を除く全都道府県を鉄道で旅行した私である(沖縄県には今も昔も電車で行けない)。たいていは周遊券を使う節約旅行だったが、遠路の帰り道だけは贅沢して深夜特急に乗る。

 駅弁と缶ビールを買って個室に乗り込めば、狭くてもこの世界の主は自分である。しかし、いまや東京から遠方に行くには、東京駅発の新幹線か羽田空港からの航空便が通常で、ブルー・トレインもずいぶん減った。中高生のころ夜遅くまで自室で起きていると、何キロも離れた安倍川の鉄橋を夜行列車が渡る音がカタンカタンと聞こえてきたものだった。


 なぜここにこんなものがと訝るユキジに、オッチョはかつてサナエから聞いた”ともだち”関連情報を一つ一つ思い出している。宇宙人襲来、地球防衛軍、火星移住計画、最終戦争。なお、私の記憶に間違いがなければ、火星移住計画という言葉が出てきたのはサナエのオッチョに対する説明が初めてであり、すなわちフクベエ時代には話題にならなかった。このことは後に重要な意味を持つと考えている。

 これを聞いたユキジは、「また、自作自演?」と訊き返している。私も何回も自作自演と書いてきたのだが、これは少し褒めすぎかもしれず、なぜなら「盗作自演」が多いからだ。ともあれ、オッチョも「ああ、いつものな」とうんざりしたように同意している。

 それに対しユキジも史上最強の女子だったころのように、「飛ぶわけないじゃない、こんなもの」と大声で叫んでいる。ところが意外なことに、突然現れた第三者から反論が出たのであった。



(この稿おわり)



ああ あしたの今ごろは 僕は汽車の中♪
(2013年3月30日撮影、芦花公園の近くにて)
































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