おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

高額療養費  (第1307回)

何年も前に、司法試験に向けて法律の勉強をされている方から、「憲法で一番重要な条文は第25条だ」という意見を聴いた件について書きました。しばしば「生存権」と呼ばれる規定です。「e-GOV」のサイトから転載します。

第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


この条文は日本国憲法の「第三章 国民の権利及び義務」に含まれています。「基本的人権」という用語が出てくる章です。あくまで大雑把な感想ですが、この章は前半に「自由」という言葉が多く出てきて、後半は「権利」という言葉が目立ちます。この「後半」の筆頭が第25条。

さて通常、私は選挙に臨むにあたり、日常的な情報収集と最終的には新聞の折り込みで我が家に来る「選挙公報」で投票先の候補者・政党を決めます。支持政党を持たない、いわゆる「無党派層」ですので、毎回けっこう悩みます。


どういう基準で選ぶかというと「世のため人のため」という、なるべく大局的な判断をするよう心がけています。長いこと有権者をやっているのだし、社会経済の第一線から退いて以降は特に、これからの社会を良くしようという気持ちがあります。

しかし今回(2026年2月)の衆議院選挙においては、自分と家族の都合を優先させました。タイトルにある公的医療保険の「高額療養費」の制度変更を行い、その上限額を引き上げるという政権公約を見て、これを支持する(あるいは無言の)政党・候補者を見限りました。


上限額引き上げと言っても、すべての人を同様に取り扱うという単純な案ではありません。全国保険医団体連合会(略称:保団連)さんのサイトに解説および見解が記されております。

hodanren.doc-net.or.jp


政府の見解は、「持続可能性の確保と長期療養者や低所得者へのセーフティーネット機能の強化の両立を目指して見直す」とあります。両立を目指すのは「持続可能性の確保」および「長期療養者や低所得者へのセーフティーネット機能の強化」です。

上記の保団連の意見は、一つ目の「持続可能性の確保」については触れていません。文脈からして、持続させるべきは「高額療養費制度」そのものという理解でよろしいでしょう。この目的を否定する人はおりますまい。


他方で、二つ目の「長期療養者や低所得者へのセーフティーネット機能の強化」については、「まやかし」という手厳しい評価がなされています。保団連はこの制度変更案に反対するオンライン署名を25万集めて、政府に提出したと報道されています。

先ほど自分と家族のために判断をしたと書きました。複数の親族がこの制度に助けられています。私自身はまだお世話になったことがありませんが、このブログのカテゴリー「老いを見つめる」で書いているように、前期高齢者になり持病の悪化や老化現象の増加が顕著になっていますので、まもなく仲間入りをする見込みです。


史上例がないであろう少子高齢化は、まだまだ続きます。社会保障の財政が厳しいことや、若年層の負担が重くなる一方であることは、私も長年それに関連する仕事をしてきただけに、よく存じております。困難で重要な政治課題です。

それでも今回、黙っていられなかったのは、「そこから手を付けるのかよ」と思ったからです。例えば、いずれ自分にも影響しそうな後期高齢者の自己負担額の引き上げという案もあり、これはいずれ避けられないかなと考えています。


しかし、高額療養費の恩恵を受けているのは、高齢者だけではありません。青少年の世代でも難病や長期療養で苦しんでいる人たちがいます。さらにその家族も含め、社会的弱者に経済的・心理的な打撃を与えます。

それに考えすぎならよいのですが、上限額引き上げで経済的な負担が増える人だけでなく、その前の段階で不可欠な高額療養を諦める人が出てこないかという懸念を持っています。


これも他人事ではありません。幸い今のところ、私は家族の働きと自身の貯蓄・年金で、第25条でいうところの最低限度とまでは言わない程度の生活水準を維持しています。それでも毎日、「一人家計簿」をつけて節約に励んでいます。

特に去年から歯と歯茎の病状・老化が自分でも信じられないほど悪化しており、毎日が苦痛や不快の連続です。主治医には申し訳ないのですが自由診療は無理とお伝えし、保険診療の範囲で処置してもらっています。保険がききませんから予防接種も整体も必要最低限です。


そしてもっと苦しんでいる人が大勢いるのは間違いないと思います。人の辛さや痛みを想像することさえできない者を、無慈悲と呼びます。本件は今後の展開を注視します。

年金の請求権や投票権と異なり、生存権は個人が一人で判断し行使できるような権利ではありません。このため第25条の第2項は、国の役割を規定しております。ゆめ疎かになさいませんよう。


(おわり)

ここ東京では梅もそろそろ終わりです。  (2026年2月7日撮影)


























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