おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

山本さん  (第1304回)

重松清その日のまえに」の終盤にある短編「その日」および「その日のあとで」には、これら以前の収録作品の登場人物が再登場します。重松書の感想文もあと二回。私の好みの登場人物を二人、タイトルにします。今回は「ひこうき雲」に出てきたクラス委員の山本さん。「ガンリュウ」の寄せ書きに、天に向かうような鳩を書いてしまったのが人生の定めとなったようです。

山本看護師長は、和美が入院した病院の週末医療チームに加わって十年ほどになります。和美とも二人の息子とも良い関係を築いています。「その日」に主人公が病院に到着して師長に「どうですか」と尋ねるところから、物言わぬ和美の見送りが始まります。師長によると血圧が五十を割り「ちょっと、もう」の状態にあるものの、穏やかに眠っているらしい。


夕方まではもたないという話しをしていたとき、このタイミングで高校生ぐらいの若い男子が「ちわーす。おはようございまーす」と飛び込んできました。髪はだらしなく伸ばし、服装はさらにだらしなく崩れ、師長からは廊下を走るなと小学生なみの注意を受けています。ヒア・カムズ・トシくん。毎朝アルバイトの前に、母ちゃんの病室にお見舞いに来ては騒いで去ってゆくらしい。

母ちゃんは和美が受けるはずだったのに、進行が速すぎて断念した新たな療法を受けるため、ターミナル・ケアに入院しています。一人親で息子を育ててきた母ちゃんは、のちに新療法の甲斐もなく他界し、トシくんは高校卒業後、介護の道を目指します。家族の介護を経て、介護職になる人は少なくないようです。頭が下がります。


その母子の話を山本さんが主人公に語ったのは、和美が家族に看取られて静かにこの世を去ってから三か月後の月命日。主人公に用があるので会ってほしいとの電話があったのです。カフェテラスで再会するのですが、そのころ主人公は、「このまま和美のこと少しづつ忘れていっていいのかな」という心境にあることを山本さんに伝えています。

この場合の「忘れる」の意味は、すっかり忘却することではないことを私たちは知っています。親しい人の死もいつの日か、「常に念頭を離れない」という時期を過ぎ、忘れてはいないが折に触れて思い出すというときが来ます。私も家族親戚友人のうち、今でも生きていてほしい人を十何人も失っていますので、主人公の気持ちが自分なりに分かります。そのうちの3人は、最後に会ったのが終末病棟でした。


山本さんは生前、和美から主人公あての一通の封書を預かっていたと語ります。なんと書いてあるか知らないのですが、何度も書き直していたことは知っており、そろそろ自分のことを忘れそうな時期に渡してほしいという難しい注文がついています。三か月後が「そろそろ」かどうか誰にもわかりませんが、もしも主人公がまだ泣いていたりしたら、山本さんは手紙を渡さなかったかもしれません。

山本さんが席を外し、主人公は彼女が置いて行ったペーパーナイフで開封しました。便せん一枚に一言、「忘れてもいいよ」とある。戻ってきた山本さんに「まいっちゃいましたよ」と伝えようとすると、山本さんは身振りで主人公を制しました。多くの患者を見送る師長としては、彼女もそろそろ忘れたいのかもしれません。


山本さんは、そのあとでガンリュウの一件を主人公に伝えました。ここで詳しくは記しませんが、山本さんの心の傷はいえていません。自分でも「後悔を背負ったままのクラス委員」と言っています。主人公も、それで看護師さんになったのかと訊きました。返答は、そこまで言っちゃうとカッコよすぎますが、全然関係ないとは思いませんという含羞のある笑い顔。

このような避けたい一方で伝えたいセンチメンタリズムについて、重松清も自身で、「文庫本のためのあとがき」に、今は亡き恩師への思いに絡めて触れています。生きてゆく意味、死んでゆく意味について、山本さんはいくら考えてもきっぱりした答えは出ないものの、考えることが答えなんだと思うと言って静かに席を立ちます。

立ち去る際に彼女は、そのような「考えること」の一つの例として、トシくんの進路を挙げました。帰宅して息子二人を眺めながら、主人公はいつの日か訪れる自分の「その日」には、彼らも「考える」ことだろうと思います。大林監督の映画、「その日のまえに」で山本さんを演じていた俳優、誰だか知らんが素敵な女でした。


(おわり)


ルリビタキ  (2026年2月6日撮影)











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