おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

出足払い一本 (20世紀少年 第872回)

 
 一旦、感想文だけでアップしたのだが、肝心なことを書き漏らしたので追記する。駒野が代表の選に漏れた。4年前のワールド・カップ、命運をかけたPKを外した後のインタビューで彼は、もう一回蹴るかと言われたら蹴りたいと語っていたものだ。

 武運つたなく駒野は今大会でPKを蹴ることはない。だが、私たちは覚えていようではないか。そんなことを言える選手、言わせるチームメイト、受け止めるサッカー・ファン、世界を見渡しても、そうそう見つかるものではないだろう。

 テーマパーク内では、巨大ロボットの進行方向に住む人々に対して緊急避難命令が出ている。下巻の140ページ目、カツオはじいちゃんと姉サナエを急かすのだが、二人は家から出てこない。彼らはじいちゃんによると電撃チョップ、サナエによれば電話リクエスト、略して電リクで忙しいのであった。

 サナエが呼び出したのはDJコンチさん。みんなのパニックを鎮めるためのリスエストは「ケンヂのあの曲を」だった。鎮静作用がある。コンチはOKと引き受け、リスナーに対しラジオをフル・ボリュームにせよと命じた。コンチはすでに北海道で聞いていたのか、ケンヂの「ボブ・レノン」だと曲名も知っている。


 あの曲は病院にいるヨシツネやケロヨン、路上で足止めを食らっているマルオやチョーチョ、歌舞伎町の珍さんやマライアさんの耳にも届いている。そしてどうやら、原っぱにいるカンナとオッチョにも聞こえているらしい。どこから流れているのだろう。

 昭和の町をそっくり復元したのであれば、あのやかましい(失礼)町内放送のマイクもあるに違いない。あの拡声器から響き渡っているのか。そういえば、津波が来たとき場所によっては複数の避難指示の音声が干渉し合ってしまい、よく聞き取れなかったという事態も起きたらしい。教訓、活かすべし。


 ケンヂはロボットの操縦席で「ぐおお」と奮戦中である。なぜか珍しくギターを背負っていない。止まれという命令と操作は、どうやらロボットには通じないらしい。そのとき彼の脳裏をよぎったのは、つい先ほど「あいつ」との戦い方を伝授してくれたユキジの少女時代に自分が倒された思い出であった。

 史上最強の少女に対してスカートめくりを決行したケンヂ少年は、何をされたかも分からぬまま地面に叩きつけられた。二度とさせるもんかと手をはたくユキジに、「何した今」とケンヂは尋ねている。「出足払いよ」と少女は技の名を教えた。片足が上がる瞬間を狙えば「イチコロ」であるらしい。

 
 柔道や相撲のような足技のある格闘技では、この片足を上げる瞬間が怖いらしい。だから皆さん、大奥のように摺り足で歩く。この点、20世紀ロボットはキャタピラだったから、格闘技向けで常に両脚が地面についておった。しかし敷島教授の遺品、21世紀ロボットは不注意にも片足を上げて移動する。

 次にケンヂが思い出したのは、第1集にも似たような光景が描かれていたマルオ少年の転倒シーンである。彼は秘密基地に近寄る敵を倒すべく草を編んで罠を仕込んだのだが、フクベエには見抜かれて小馬鹿にされるし、挙句の果てに自分自身で引っかかっている。めずらしくオッチョも大笑いしているな。


 基地に響く「これがあれば秘密基地に近づけないね」という能天気な声は少年時代のケンヂか。大人のケンヂは操縦席で「そうだ、秘密基地には近づけなせない」と吠え、ロボットの駐車をあきらめ作戦を変更した。「片足を上げろ、コノヤロウ」戦法である。言われなくても上げているのだが、まあいい。

 そのまま上げてろと命ずるケンヂの身体にロボットからの衝撃が伝わっている。これまでの絵と比べて、ロボットは先らかに左右の揺れが激しくなっている。自動操縦は前方への移動だけで、それ以外は操縦可能なのか。それとも、遠方にいるユキジが取り上げたリモコンのロックを外したか...。


 息を切らせて三人のマンガ家が追い付いたとき、カンナが「あ」と言った。さすがのオッチョも隣で驚いている。ロボットは大音響とともに左側に横倒しになった。ケンヂの功績か、それとも単に足場が悪かったのか分からない。いずれにせよ横転したのでは一本負けだ。ヤン坊マー坊より弱い。子供のころのケンヂはこの地で、とにかく戦う、とにかく勝つと言っていたものだ。

 衝撃波が突風となってオッチョとカンナを襲う。だが幸い「原子力エンジン」はニセモノか、あるいは転んでも壊れなかったようである。灰神楽が立ったような土煙の中、グータラスーダラとケンヂは生還した。髪をなびかせ草原にオッチョが立つ。サングラスを外して、駆けつけたカンナをケンヂが抱き留めて戦いは終わった。


 ところで原っぱには数名の国連軍の潜んでいたのであった。この程度の頭数でしかもライフルだけで、どうやってロボットと戦うつもりだったか知らないが、相手が相手だ、いい度胸ではないか。勝敗が決したのを確認して、彼らは一斉に立ち上がり敬礼した。5人の軍隊といえば知る人ぞ知るハリデー准将、ジャネット、珍、ジェフリー、ジェド豪士。

 しかし敬意の対象である相手は礼儀作法に疎く、「敬礼なんかしている場合か。邪魔だ、どけ」とのたまい、さっそく次の行動に移っている。叔父よ、何処にか行き給うとカンナは問うた。Quo vadis? 初代の法王もそう仰ったものである。あんまり気楽にキリスト教を引用すると罰が当たるんだろうか。


 ケンヂは冷静である。俺、まだやんなきゃいけないことがあるんだと言って振り向き、カンナたちにヴァーチャル・アトラクションのヘッドマウント・ディスプレイを見せている。この日は多忙だ。”ともだち”の遺品は倒された。

 これまでの展開に沿って推測すれば、ヴァーチャル・アトラクション内に潜む”ともだち”のノッペラボウ思念にも、巨大ロボットがマルオのように転び、彼の最後の希望が打ち砕かれたというデジタル情報が伝わっていると考えなくてはならない。これを放置しておいては、アトラクションから外の現実に向けて何をしでかすか分かったものではない。

 だからケンヂは残された決着を急ぐ。それにこのままでは彼の気が収まらない。カツマタ君に対して。少年時代の自分に対して。サダキヨに対して。ババに対して。そして、ユキジにも伝えることがあるから忙しいのだ。
 

 
(この稿おわり)







 The wall on which the prophets wrote is cracking at the seams.
 Upon the instruments of death, the sunlight brightly gleams.

                     ”Epitaph”   King Crimson



 預言者たちが書き付けた壁は繋ぎ目から崩れ落ちる
 死を招く兵器にも今や陽光が燦然と降り注ぐ







2014年3月23日、四谷にて撮影








盛岡から宮古への高速バス内で撮ったため、ちょっとピンぼけ。
岩手の名物、和クルミの木々の新緑。
(2014年5月10日撮影)


































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