おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

サナエの悩み (20世紀少年 第514回)

 テレビの映画放映はご覧になりましたか。3作、終わりました。先述のとおり映画の感想文は、詳しくはマンガを終えてからまとめて書くつもりですが、とりあえずの印象から。未公開シーンを追加編集したうえに、コマーシャルも加えて2時間枠に押し込んだため、カットが多かったです。

 このため、神様とか漫画家角田氏といった重要な脇役の登場場面が減り、初めて観た人にはどんな役割なのか、さっぱり分からなかっただろうと思う。2時間の制限が厳しいのであれば、本作は3部作とはいえ寅さんやスター・ウォーズのような一話完結型ではないので、例えば4分割して放映しても私は一向に差しつかえがない(まあ、契約とか費用とか難しいことがあるのだろうけれど)。それに、やっぱり「20世紀少年」は放送室から始まらなくちゃ。

 でも、最後のカツマタ君とフクベエのエピソードは、やや強引な改変ですが原作より分かりやすく、あれはあれで悪くないと思う。漫画や小説は何度でも読み返せるが、映画は映画館で楽しめなければならない娯楽だと信じているので、お客が首をかしげながら出てくるようではいけない。映画「2001年宇宙の旅」は目を見張るような場面の連続だが、エンディングだけは未だに何が何だか分からん。ともあれ、全部録画できたので、後の楽しみが増えました。


 さて、第16集に戻る。サナエとカツオの年齢がよく分からない。カツオは深夜放送などに興味を示し始めているので、小学校の後半だろうか。サナエは、後にコンビニで働いている場面が出てくるので高校生か。20歳前後になっているカンナよりは若いだろう。第8話「棒高跳びの男」は、サナエが公衆電話で話している場面から始まる。

 サナエは携帯電話を持っていないのだろうか。ともだち暦3年の物質文明は、そこまで退化したのか。公衆電話は、今では緑色のものが多く、それも随分と数が減った。昔は赤かピンクで、大昔は10円玉しか使えなかった。ここでサナエが電話を架けているのはピンク色の電話だろう。看板に大島接骨院とある。ユキジの商売敵。


 電話の相手は、サナエが「一緒に立ち上がろう」と語り合った娘さんらしい。「内藤先輩が行方不明になった」のが怪しいというのが、二人の行動の原動力になるはずだったらしいのだが、先方は他に好きな男ができたそうで、サナエの誘いを断っている。誘いとは、デモへの参加であった。

 壁が立ちはだかっている。大人の背丈の何倍もありそうだ。デモ隊はヘルメット姿で投石をしているから、現代日本の平和な行進とはわけが違うようだ。1970年前後の学生運動と同様、セクトに分かれていがみ合っており、警察と思われる放水車から水を浴びせられている。東大の安田講堂が放水されていたシーンをテレビで観たのを覚えております。放水車の水圧は相当なもので、まともに胸に受けると肋骨を折るおそれがあるらしい。


 サナエは幻滅している。壁の向こうはウィルスで人々が犠牲になっているという者もおれば、壁の向こうは楽園で特権階級が暮らしているという者もおる。言っていることがバラバラだけでなく、一騒ぎしたあとは飲みに行こうとか麻雀に行こうとか、サナエをナンパしようとする輩まで現れた。うさばらしに来ているのである。

 しかし、立ち去り際にサナエはちょっとした情報を小耳にはさんだ。壁の向こうからこちら側に帰って来た者がいるという。高い高い壁である。棒高跳びで越えてきたというものあり、這い上がったというものあり、スーパーマンのごとく空をとんだというものあり手法は諸説紛々であるが、外見は昔のプロレスラー、ハルク・ホーガンに似ていたという。そして、失意のサナエはデモを見限り、最近、挙動不審のカツオに目をつけた様子である。


 その晩、カツオは「いつも晩メシくすねるとバレる」と思って(手遅れでした)、今日は彼のおごりでコロッケパンをオッチョに提供している。この店のコロッケパンは最高らしい。作者はコロッケがお好きとみた。「確かにうまい」と感想を述べるオッチョの表情がとても和やかだ。

 2014年の脱獄開始以来、厳しい表情を欠かさなかったオッチョだが、この納戸での養生のひと時は、わずかな期間に終わったものの、オッチョにとって束の間の休息と安らぎの時間になった。オッチョはカツオに、最高のコロッケパンを半分にして分け与えている。「俺はいいよ」と少年は健気だが、すきっ腹が音を立てて鳴ったのでご相伴に預かることになった。


 カツオは不満である。これまでコロッケパンを食いながら、みんなして街頭テレビでプロレスを楽しんでいたのに、父ちゃんがテレビをもらってきたのが裏目に出て、街頭テレビ観戦を禁じられてしまったのだ。チャンネル権は主に母ちゃんが握っているようで歌番組ばかりだという。

 新聞の投書などで、昔は一家そろって楽しめる歌があったのに今はないという意見をたびたび見かける。年配の女性に多い。これはしかし音楽界やテレビ局の責任を追及しても詮がない。昔は一家に一台しかテレビがなくてチャンネル権が母ちゃんにだけあり、母ちゃんの好きな歌番組ばかり仕方なく皆で観ていたというカツオのような家が数多くあったに過ぎぬ。


 そして、カツオによると「姉ちゃんはニュースばっか」だそうだ。サナエは時事に関心を抱いているのである。というよりも、このあとのオッチョとの会話で分かるように不信感さえ持っている。かつては、そういう言動を示す「不完全ドリーマー」などは、恐怖の「ワールド送り」という懲罰があったのだが、今はどうなっているのだろう。高須も多忙か?

 弟の話によると、テレビのニュースばかりでなく難しい本も読んでいる姉は目を悪くして、「ただでさえモテないのに、メガネなんかかけるからよけいに」と言いかけたところで、「誰がモテないって」という姉の声が頭上から降ってきた。カツオは慌てて、助けた怪我人をかくまっているだけだと釈明しているが、姉は相手にせず「あなた、ハルク・ホーガン?」とオッチョに訊いている。次から次へとプロレスラーに間違えられて、さすがのオッチョも苦笑いだ。



(この項おわり)




カレーもお好きだろう。 (2012年10月20日撮影)





































































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