おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

似たような姉弟 (20世紀少年 第532回)

 第18集の終わり辺りで万丈目はオッチョとカンナに対し、カンナの仲間を連行したのは地球防衛軍だが、その取り調べを管轄するのは自分が統率する親友隊であると、よく分からないことを述べている。第15集において淀橋テレビセンターに初登場した「親友隊」は、ナチスのSS(ヒトラーの護衛用私兵。通常「親衛隊」と訳す)のマネであろう。

 第16集で親友隊はテレビセンターから逃亡した「子供二人」を捜索すべくガッツボウルに来たのだが、応対した神様は耳が悪くて聞こえない振りをした挙句、「もう腹いっぱいで食えねえ」(コンビーフの食いすぎか。これは本当かもしれない)と、とぼけて追い払った。


 かくして神様によれば、「お嬢ちゃんとボウズは立派な政治犯、お尋ね者」で、ついでに「オッチョはすでに逃亡犯」であるから、子供は外をうろつかないほうが良いとの判断であり、ついては元々オッチョが行く予定であった歌舞伎町教会に弟妹を緊急避難させようということになった。

 ”ともだち”はローマ法王を救うふりをしてヴァチカンを味方につけ、ここまで大きくなった。教会をつぶすわけにはいくまいというのが神様の解釈である。幸い神様は地下活動のベテランとあって、いっぺん地下道経由で教会に行ったことがあるという。その時に残しておいた矢印マークに沿って行けばたどり着けるはず。


 オッチョは神様にも「ゲンジ一派」と「氷の女王」について質問している。神様はもうすっかり浮世離れしていて、ニュースも見ないらしく確たる情報は無し。ただし、「氷の女王」については「嫌な予感がするな」と言った。繰り返すが、神様は寝ている間の予知夢だけではなくて、起きている間の嫌な予感においても超人的なのだ。

 一行は新宿の地下に潜った。「昔を思い出すだろ、オッチョ」と神様。ショーグンは無言である。こんな恵まれた地下道を抜けてきたのではないのだ。カツオは「くさい」と悲鳴を挙げている。雨水排水施設か、下水道か。「水はちゃんと流れていないと腐るのよ。人の世と同じでな」と神様は、予言者らしく神らしく宣託した。


 ただし、一行は誰も反応を示してくれないので、やむなく自ら「どうだ、うまいこというだろ、俺も。」と自賛したのだが、カツオに「意味わかんない」と一蹴されている。カツオは自分が間もなく腐った人の世を目の当たりにする破目になることを知らない。しかも命の危険すら待ち受けているのだ。

 一同は地下水道から支線に入らなければならない地点に着いた。だが大人たちときたら、オッチョは大きすぎて無理、神様は急ぐのなら年寄りは置いて行けと言い、ついては子供だけで行けという。二人に与えられた使命は、教会に行って神父に会い、オッチョがここにいることを伝えること。伝書鳩みたい。もう電話もないのか。


 サナエに迷いはない。「よし、行こう、カツオ」と先陣をきった。カツオは「待ってよ、お姉ちゃん」と言いながら後を追う。神様はオッチョに行った。「昔、似たような姉と弟がいたな」。オッチョはともかく、神様はキリコを知っているのか?? 1997年から2000年までケンヂと一緒に地下で暮らしているのだから、姉の話を聴く機会もあったかな。

 確かにこの二組の姉弟は似ているところがある。サナエも、関口先生がキリコをそう評したように「立派な子」、「正義感のある子」である。カツオもケンヂ同様、そそっかしくて好奇心満々なところに加えて、無敵を目指す男である。


 二人は地下鉄の線路に出た。カツオは何と地下鉄を知らない。それどころか「これが電車か」と叫んでいるところをみると地上でも電車は走っていないらしい。ちなみにこの地下鉄は池袋行きである。このしばらく先でゲンジ一派の男が、この先を行くと「旧都営新宿線」に出ると言っているので、姉弟が歩いた線路は旧丸の内線であろう。

 寄り道している場合じゃないというサナエの制止もきかず、カツオは興味津々で開いているドアから地下鉄に乗り込んだ。期せずして中には貴重な情報が彼らを待っていたのだ。一つは、週刊ポストの広告と新聞の号外、サナエの知りたかった近代史のかけら。さらに、怪我して倒れている男から得た物騒なメッセージ。そして目の当たりにした惨事。




(この稿おわり)






実家のそばから見た富士山。薄曇りでした。
(2012年10月21日撮影)
 

























































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