おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

カツオの冒険 (20世紀少年 第537回)

 第16集の33ページで別れた姉弟、まずはカツオの冒険譚が始まる。彼が「んしょ。んしょ。」という掛け声で歩いているのは地下の排水路のようだが、神様が残した矢印をどこかで見間違えたのか、道に迷った様子である。梯子が見つかったので、「このへんで上にあがってみようかな」と彼は決意した。

 カツオは賭けに弱いのか、それとも運が悪いのか知らないが、マンホールのふたを開けて出た外は新宿の裏町。そこら中に廃人のような男たちが、うめき声を挙げながら座り込んだり寝転がったりしている。カツオが最初に受けたご挨拶は「ヤクをくれ」であった。


 気の毒にカツオの走り去った先には、更に惨い事態が待ち受けていたのであった。グラサンのチンピラやくざが、倒れたままの男に蹴りを入れている。「誰のショバだと思ってショーバイしてんだ、コラァ」というのが、暴力の理由らしい。おそらく容疑は縄張りを侵して、ヤクか何かを販売したということなのだろう。

 しかし、蹴られるがままの男は「何もしてねえよお」と繰り返すばかり。これが本当なのか、それとも言い逃れなのか知らないが、カツオが通りかからなかったら、このまま蹴り殺されてしまったかもしれない。カツオの脳裏に、つい先ほどサナエが泣き叫んだ「何もしてないのに」という言葉がよみがえった。雷神山を目指す少年は、ここで何をすべきか。

 
 「やめろよ」とカツオは言った。さすがに相手と目を合わせる勇気はすぐに出なかったようで、行く先に顔を向けたまま横に居る暴力男にそういったのだ。相手は大きな活字で、「あ?」と訊き返している。カツオが上目使いで再び「やめ...」と言い終わる前に彼の腹にも蹴りが入った。

 カツオは吹っ飛んで、ゴミ箱のポリバケツにぶつかって倒れている。今はもう東京では、こういうポリバケツも見なくなった。こんなものまで復元したのか。カツオは痛みをこらえつつ、姉の教えを思い出している。「こんなとこでメソメソしてちゃ、雷神山なんかになれるわけないよ」。先ほどの「こんなとこ」とは危険度が違いすぎると思うのだが、今のカツオには問題ではないらしい。


 人には一生に一度、どうしてもやらなきゃいけない時があるとケンヂは言った。カツオは反撃に出た。雷神山の必殺技、「サンダーつっぱり」。年少者にして尋常ならざる勇気であるが、肝心のつっぱりは普段の稽古が足りないのか、全然、効かない。ちなみにサンダーは雷鳴すなわち音、ライトニングは稲妻すなわち光。二つ合わせて「かみなり」だ。

 命が危なくなったら一目散に逃げてくれともケンヂは言ったが、必死のカツオは対戦相手が「本当に、死ねや」と言いながら自分の頭に拳銃を突きつけたのに気が付かない。そこに「おう、待てや」という兄貴分の声がかかった。幸い、兄貴はかつてプロレスラーを目指した男であった。カツオに深い共感を抱いたらしい。


 「だが、プロレスラーになるには、こんなところにいちゃダメだ」と兄貴は少年を諭す。カンナに初めて会った時のオッチョと同じように膝を曲げてしゃがみ、子供の視線の位置に合わせている。彼らは天性の子供好きなのだ。「家はどこだ?」と兄貴は訊いたが、カツオは帰宅するわけにはいかない。

 歌舞伎町教会に行って、神父さんに会うんだとカツオは答えた。兄貴は仁谷神父に救われた過去があるに違いない。「なれよ、プロレスラー」と兄貴はカツオに言った。命の恩人の命令は重く、後始末は厳しい。神父さんのお客さんに手を出した罪で、今度はチンピラが兄貴にボコボコにされる番であった。


 その様子に「ひい」と言い残したまま逃げたカツオのその後の足取りは不明であるが、どうやら無事に歌舞伎町教会にたどり着いたらしい。少しページが飛ぶが、神父さんを連れて帰って来たカツオを迎えたときの48ページ目のオッチョの顔は、21世紀に入って以来、彼がこんなに明るい表情したことがないと言ってよいほどの輝きを見せている。

 「おっ」と神様が言って、仁谷神父が現れ「久しぶりだね、オッチョ」とご挨拶。神父ならワクチンもらえたかな。結果的には、オッチョのこれからの行動を決めたのは、このあとサナエがもたらした情報であり、オッチョと神父が活動を共にした形跡はない。だがもちろん、そのことがカツオの冒険の栄光を損なうものではない。なれよ、プロレスラー。師ならグレート・アントニオ・イノキ兼ハルク・ホーガンという凄いのがいる。



(この稿おわり)




秋と言えばススキ。秘密基地の原っぱも、きっとこんなだったに違いない。
(2012年10月21日撮影)





















































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