おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

「よげんの書」再読 【後半】 (20世紀少年 第341回)

 第16巻に、露天商を営む万丈目の目前で、山根がフクベエに”絶交”を解いてもらうよう頼んでいる場面が出てくる。幸い、当時の”絶交”は普通の絶交だったようで、命を奪うような凶暴なものではなかったらしい。山根が絶交された理由は、どうやらフクベエの口ぶりからして二つあり、一つは後に話題にするが、もう一つは「僕らの秘密」をオッチョに喋ったが故の罰らしい。

 この秘密とは、第12巻で学級委員会の前に山根がオッチョに伝えた事柄であり、それをまた、うっかりフクベエにも話してしまったのだろう。やはり、「よげんの書」を見たという山根の「友達」とは、第16巻で山根少年が”ともだち”と呼んでいるフクベエで間違いないな。第16巻のフクベエと山根の会話の続きに、ビールスも出てくるし。


 フクベエ少年が原っぱの秘密基地に無断で立ち入って、「よげんの書」を読んだシーンは3回も出てくる。(1)第3巻のクラス会の席上、フクベエ本人がケンヂに思い出話をする場面。(2)第10巻で、秘密基地でフクベエに会った昔話を、サダキヨがコイズミに話して聞かせる場面。(3)第16巻の第1話にも出てくる。

 若干、細部は異なるものの、内容がほとんど同じなので、この三つは同じ日の同じ出来事だろう。フクベエは秘密基地の中でスケッチブックを読んでいるのだが、第16巻と第10巻に出てくる「よげんの書」の絵は、「レザーぢゅう」と「巨大ロボット」の二つだけである。第3巻は良く見えないが、たぶん巨大ロボットの絵だけだ。


 やはり、細菌兵器や爆弾に関する絵はない。前回の私の強引な推測、すなわち先に巨大ロボットの絵が描かれたという仮説と矛盾はしていない。それでは、先ほど細部は異なると書いた点ではどうか。第16巻ではスケッチブックの見開き左ページに、巨大ロボットの絵があり、どうやら右側にレザーぢゅうの絵がある。

 第10巻では、見開き右側に巨大ロボットらしき絵。レザーぢゅうの位置は不明。興味深いのは第3巻で、左側に巨大ロボットの絵があって、たぶん右側のページには文字が書かれている。第5巻の地下水道でケンヂが読んでいた文章は、絵のページとは別々に、おそらく交互に書き込まれていたのではないか。

 
 第5巻では、ケンヂが「ここでやぶけちまっている。どう戦うんだよ」と一人、嘆いている。確かに彼の手にあるスケッチブックは、最後の文章が「地球の平和のため、かれらはどうたたかうのでしょうか」であり、後ろから2枚目のページは例のオッチョ考案の俺達のマークの絵だけで中断しており、最後の一枚だけ破り取られた形跡がある。

 この切りとられた最終ページに描かれていた絵は何だったのか、とうとう分からず仕舞いで終わる。だからこそ、好き勝手に想像できるというものだ。「よげんの書」に描かれた可能性がある絵の中で、第5巻のスケッチブックには出てこない絵というと、思いつく限りでは一枚しかない。「レザーぢゅう」である。


 レーザー銃では、「9人の戦士」の最終兵器としては頼りないか? 荒唐無稽であろうか? だが、フィクションながら類似の前例があります。ケンヂや私が小学校低学年のころ、すなわち「よげんの書」が書かれた時期の一二年前、テレビで「ウルトラマン」が放映されて大人気を博した。

 最終回、ウルトラマンゼットンと闘っている間に、うっかり太陽エネルギーの耐用時間である3分が経ってしまい、点滅していたカラータイマーが消灯して倒れた。私は彼が死んだと思ったのだが、その後、ウルトラ・シリーズに無暗やたらと再登場しまくっているので、仮死状態に陥っただけだったのか?


 何にせよ、生き残ったゼットンは、科学特捜隊のアラシ隊員が銃殺した。それがレーザー銃だったかどうかは知らないが、ともあれ、人類の勝利だったのである。ケンヂたちがウルトラマンの最終回の結末を知らなかったとは思えない。なお、アラシ隊員を演じたのは毒蝮三太夫。今ではお年寄りの敵だが、かつては正義の味方であった。

 ケンヂは1997年に、レーザー銃を盗み出して”ともだち”から逃げてきた瀕死の男に会っているし、その前に掘り出しか缶カラの中に、自分の署名入りの「レザーぢゅう」と「巨大ロボット」の絵があったのを見ている。ところが、2000年にはすっかり忘れてしまったらしい。下水道で「いろいろ考えたが、これしかやり方がない」と言って仲間に見せているのはダイナマイトだが、少年時代には別の戦闘方法を思いついていたのではなかったか。


 次に、誰が最後のページを破ったか。これも推測の域を出ないが、フクベエではないだろうか。実際、”ともだち”はケンヂすら忘れていたレーザー銃を開発している。たとえ破っていなくても、少なくとも見ていなければ、これはできまい。レーザー銃の開発が偶然ではないことは、先ほどの瀕死の男も、試作品のレーザー銃を示しながらケンヂに、これもお前が考えたんだろうと言っている。

 遠い先に出てくるが、秘密基地に誰かが侵入したことにヨシツネが気付いている。あるいはその際、「よげんの書」の最後のページも破られていたので、ケンヂは用心のため自宅の庭に「よげんの書」を埋めたと考えてみれば、実に強引だけれど絶対に有り得ない話でもない。ただ単に、書き終えたので厳重に保管しただけなのかもしれないが。


 フクベエが秘密基地に侵入したのは、サダキヨと会ったときが最初だが、最後ではないと思う。最初に見たときは細菌兵器や爆弾に関する絵はなかったからこそ、山根はオッチョに細菌兵器に関する着想を自慢したのだ。そして、「よげんの書」が完成してからもう一度、秘密基地に入って読まなければ、1997年と2000年に実際に彼が起こしたテロの筋書きは手に入らない。こっそり書き留めておいたのだろうか。もしかしたら、破り取った最後の紙に。

 ちなみに、「よげんの書」に複写版があったという形跡はない。1969年ごろ、一般人はコピー機の存在すら知らなかったはずだ。なぜか青い色の付いた、インクの匂いがする湿ったコピーが取れるようになったのは、1970年代の半ば頃だったと記憶する。それまでは学校にもガリ版しかなかった。


 上記の「レーザー銃」仮説には傍証がある。しかも、頼りがいのある証人もいる。第3巻の184ページ、コンビニと自宅が放火された傷心のケンヂはお母ちゃんとカンナを連れ、ユキジの接骨院から家出して落ち延びようとしているが、その先のベンチで神様が弁当をいただいている。神様はコンビニの焼け跡から、例のレーザー銃を拾い上げて保管していた。

 神様こそ真の予言者である(多分に場当たり的だが)。レーザー銃をケンヂに託しながら、「必要だろ、こんなもんでも。決戦のときのためにな」と神様は言った。仮にケンヂがこの神託に従っていれば、血の大みそかの展開は別なものになっていたかもしれない。ただし、まともなレーザー銃が手に入ればの話だけれども。


(この稿おわり)




並んだ並んだ、赤白黄色(2012年4月21日撮影、世田谷にて)



サクラソウ畑(同上)