おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

あの日  (第1308回)

経験談を二つ。一つ目は東日本大震災のあとで伺った医師のお話し。2011年3月11日、彼は津波の被災地となった地域で経営するクリニックで診療を行っていた。患者が途切れ、看護師さんと二人になったとき大きな揺れが来た。

大津波の警報が出たため逃げることにしたが、看護師さんが寝たきりの老齢の患者さんが近くに住んでいるので助けたいと言う。駆けつけるとご自宅の一階で、一人で横になったままだった。


抱きかかえて走るのは無理なので、この家の二階に三人で避難することになった。男性医師が上半身を抱えて階段の上から引っ張り上げ、女性看護師が患者の両足首を支えて下から階段を上り始めた。

そこに津波がやってきた。津波は階段の途中まで押し寄せ、医師と患者はぎりぎりのところで助かったが、看護師さんの姿は消えた。その医師はこの看護師さんのお墓の写真を見せてくれた。何も言えなかった。


もう一つ。これは震災から二年後。私は震災の年から、常磐線が全線開通するまでの何年間か、被災地にお参りの一人旅をしていた。お線香をあげて、機会があれば現地の方々と震災やその後の話を伺ってきた。

上記の二年後の訪問先は、大川小学校。まだ道路交通が復旧途上で、宿から行けるところまでバスで行き、そのあとは道路工事のトラックばかりが行き交う狭い車道を、片道2時間半かけて歩いた。季節は秋。冬が近く、革ジャンを着ていた。


もっとも、途中で疲れ切って挫折しそうになった。神社があったので、ともあれ座り込んだ。もう昼を過ぎている。この先、何十分か歩いて学校にたどり着けたとしても、帰れなくなるおそれがあると思った。泊るところも食べるところもないはずだ。

もう引き返そうと思った。その途端、赤トンボが革ジャンにとまった。トンボやチョウのような大きくてすばしこい虫は、ふつう人の体には止まらない。もう気温も下がっていて消耗していたのだろうなと今では思う。


でも、その時はそういうふうには感じなかった。引き返さないでと止められているような気がした。私はおよそ心霊現象とかオカルトとかいうものは全く信じておらず、天国も地獄もないと確信している。だがこのときだけは、ごく当たり前のように、子供が呼んでいると思った。

再び歩き出し、小半時ほど歩いて学校跡にたどり着いてお参りしてきた。今では震災記念の施設になっているようだが、当時は壊れたままで、周囲もぺんぺん草が生えているばかり。近くの地域から車でお参りに来ていた人と挨拶をして戻った。何とか暗くなる前にはバスに乗れた。

この日になると思い出すことが多い。


                                                        (おわり)


そろそろ梅も終わり  (2026年2月7日撮影)
























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