中島みゆきに「おまえの家」という佳曲がある。私が一番好きな彼女の4番目のアルバム「愛していると云ってくれ」の収録曲。大雨と落雷の効果音から始まり、その雨が止んだところで歌い手の「私」は、昔からのギター仲間らしい「おまえ」の家に行ってみたくなった。だが、おまえの家もおまえも、どこか様子がおかしい。家にあげてもらっても、しばし言いたいことが言えない。
わざと明るく「ねえ、昔よく聴いたあいつの新しいレコードが...」と話し始めたとき「私」は「おまえ」の涙を見た。「ギターはやめたんだ。食っていけないもんな」とだけ「おまえ」は言う。タンスに立てかけたギターをふと見た「私」は目をそむけてしまった。あのころ、「おまえ」のギターはこんなに磨いてはなかったのだ。
第22集の73ページ目。お客のチャーリーはビリー店長に「やってるの?」と訊いた。目的語がない。「何を...?」と焼き鳥屋の親父はぶっきらぼうに応じている。まだ本来の用件に気づいていないようだ。「何年ぶりかな...」と春さんは言いたいことをなかなか言い出せないでいる。だが、ナンコツが出てきたところで、彼もようやく腹が座り、「悪かった」と言った。ビリーが目を向ける。今度は何の話題なのか分かったことだろう。
春さんの「俺たちは最高のバンドだった」という言葉を聴きながら、マスターは席を立った。客はナンコツを頬ばって「うまい」と評価している。続いて「やきとりの腕前もいいが、本当のおまえは...」と春さんが言いかけただけで、後ろの木の扉を開けた男は状況を察している。さすが、最高のバンドのリズム・セクション。呼吸が違うのだ。
ビリーは「おまえ...」とだけ尋ねた。チャーリーは続きを聞くまでもなく「ああ、あいつは戻って来る。絶対にな。」と言った。春さんは事務所でグータララ節をすでに聴いているのだ。声もギターも本物のプロのものだ。だがベースとドラムが足りん。戻って来るほかないではないか。ビリーは括目し、「マジで?」と若者言葉で感嘆の声を挙げた。
ビリーが開けた倉庫の扉の裏側にベースが見える。それは何気なく立てかけてあるのではない。しっかりとした金属製のフックに掛けてある。弦も4本、ピシリと貼ってあり、これは現役のバス・ギターだ。「俺はいつでも準備OK」とビリーは自慢げに言う。チャーリーと同様、人知れず練習してきたに違いない。
ベーシストは「久々にかますか、チャーリー」と言った。コンチによればDJも「かます」そうだが、バンド演奏もかますのか。業界用語か。私にとっては干物にすると美味しい魚の名前。「ああ、特訓開始だ」と春さんはもろ肌脱いで、昔懐かしい黒のタンクトップ姿になった。アンプは無いらしいが、ビリーはベースの練習ができる。問題はドラマーだが、チャーリーは酒器の小皿たたいて臨時のドラムス。灰皿がシンバルになるとは洒落ているではないか。
私はロック・バンドを組んだ経験がないので、一体、ロックの曲というのは作曲者がどういうふうに他のメンバーに伝えて、どういうふうに練習が始まるのかよく知らない。バンドの練習風景の画像などみても、なんだか最初はチンタラやっているうちに盛り上がって来るようにも見えるがどうか。しかも、ギタリストがいなくて大丈夫なのでしょうか。任そう。
また余談で終わろう。自慢じゃないが、中島みゆきで始まってジェフ・ベックで終わるなんてブログは探してもそうはあるまい。ジェフはどうしたことか固定メンバーのリズム・セクションを持たず、バンドを作っては解散し、あるいはスタジオ・ミュージシャンでがんばる。彼は楽譜が読めない。だからギターの演奏を頼まれたときは、まずデモ・テープだけ送ってもらって聴く。
あとはスタジオにギターかついで出かけて行って、ギュイーンとリードを弾いて帰ってゆく。ギターを持った渡り鳥とは日活的には小林旭なんだろうが、私にとってはジェフ・ベックである。エレクトリック・ギターのデザインは、ジェフ・ベックの演奏姿に似合うように設計されている。ジェフには名言がある。「ビートルズは良いバンドだが、リード・ギターだけはひどい。できることなら替わってあげたい」。
(この稿おわり)
近所の焼き鳥屋さん。もちろん美味い。 (2013年6月7日撮影)
何気なく箪笥に立てかけたギターを
私はふと見つめて
思わず思わず 目を背ける
あのころのお前のギターは
いつだってこんなには磨いてはなかったよね
「おまえの家」 中島みゆき
知らぬ同士が
小皿叩いて
チャンチキおけさ
「チャンチキおけさ」 三波春夫
People tell me that she's only fooling.
I know she isn't.
”She'a Woman” Performed by The Beatles
and covered by Jeff Beck
.