おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ありがとうな先生 (20世紀少年 第754回)

 小欄は基本的に漫画の感想と昔話だけにしている。できるだけ時事には触れない。気が滅入るからだ。でも昨日の都議選で改めて考えたことを書き残します。私はノンポリで投票のたびに政党が違うことなど珍しくないのだが、一つだけ自らのルールを持っている。氏名をひらがなに変える候補には投票しない。

 本名が漢字であることはNHKのニュースや週刊誌で分かる。ところが投票場に行くと候補者の姓か名が、ひらがなになっている。連中は漢字を上手く読めない人、書けない人をマーケティング・ターゲットにしている。これは選挙活動ではなく得票工作であり、こういう候補には一切、投票しない。昔からあったのだが、最近どんどんひどくなっており、白紙投票が増えてきた。実に情けないです。


 第22集第5話の「あなたが生きなさい」は、キリコのド迫力が仲畑先生を泣かしてしまう話。鉄条網で囲まれた大きな病院の絵で始まる。もっとも先生はキリコに会う前からすでに泣いているが、これは治療に尽力してきた患者さんが、先生のおかげでここまで生き延びたと述べ、「ありがとうな、先生」と言って亡くなったのだから仕方がない。

 ここでの仲畑先生は宇宙飛行士並みの重装備だから、この患者もウィルスの犠牲者なのか? 治療を尽くせば、ある程度は生きていられるのだろうか。先生は病院の廊下で看護婦長らしき保田さんと労をねぎらい慰め合っている。先生はすっかり自信を喪失しており、僕は駄目だと全面的自己否定。これ以上、人が死んでいくのを見たくないと泣きながら語る。


 確かに、病院の内科や外科などの医療職は、私が想像する以上に厳しい仕事に違いない。手塚治虫ヒューマニズムの漫画家とか生命の作家などとよく言われるが、彼は病院勤めのころ、多くの死をみて死について考えるようになってから漫画家の道を志したとどこかで語っていた記憶がある。これはすでに書いた覚えがあるが、手塚漫画の重要人物は劇的に生きるけれども、あっさり死ぬことが多い。

 さて、その悲しみの廊下の向こうから、病人らしくない気合い十分の4人が歩いてくる。この病院のシーンから円盤が墜ちる夜までの第22集後半は、ただ一日に起きた出来事であろう(正確に言えば、夜中に日付が変わっているかもしれないけれど)。先頭を歩いてきたのは仲畑先生も旧知のマルオさんであった。室別の診療所で会って以来だろうか。


 二人の会話によると、この病院は埼玉にあり、先生が出した年賀状が春事務所に届いたため、マルオがここを突き止めたということらしい。マネージャーの丸子橋さんことマルオは自称「VIP」待遇なのである。ちなみに、東京と神奈川の県境あたりにお住まいの方々はご存じのことだが、丸子橋という橋は実在する。多摩川に架かっていて、両端は大田区川崎市。ところでマルオは「病院」ではなく「収容所」と言っている。嫌な名を付けたな。それで鉄条網なのか。

 マルオは先生に「紹介するよ」と言って、左手で真剣な面持ちのキリコを「こちら遠藤キリコさん」と丁寧に紹介し、反対側の二人は「こっちはケロヨンとその息子」と雑に片付けた。ケロヨンが「本名で言えよ」と抗議しているがフォローなし。読者がケロヨンの氏名を知り得たかもしれない最後の機会は、用件があまりに急ぎだったため、かくして潰えた。

 
 キリコは「案内して」と端的に来訪目的を伝えた。仲畑先生は「は?」とコイズミ反応を起こしているのだが、キリコはずんずん進んでいく。彼女はこの病院に薬品の製造施設があることを知り、ワクチンを増産しに来たのである。そう聞いて驚く仲畑先生だが、ドクター・キリコは容赦なく助手扱いして薬品類を集め始めている。ペニシリンが要るんだ。

 他方、残りの3人は東京にあるたけのワクチンを届けに行く係である。このあたりのケロヨンは至って楽観的で、「出前なら任せとけ」と言って息子にまで呆れられている。マルオは慎重論で、一人ならVIPだから出入り可能かもしれないが、ケロヨン親子にワクチンの箱まで載せた車で関門を通過できるかどうか危ぶんでいる。


 3人が出かけたころ、キリコは真っ先にワクチンを打ってと仲畑先生に命じている。先生は人がたくさん死んでいるのに自分が先に打てないと言った。オッチョもカンナもそうだった。道理で重装備だったわけだ。キリコはこの協力者が発症されては困る上に、隣で「メソメソしている」ようでは仕事の邪魔になる。

 一人でも多くの命を救いたいなら、まずあなたが生きなさいとキリコは言った。レトリックが違うが、さすが血の通った遠藤姉弟、ケンヂと発想がよく似ている。素直に「はい」と応えて、ようやく立ち直った仲畑先生であった。この日、二人が作り始めたワクチンは、当日の騒動では幸い必要にならなかったが(そもそも1日で培養するのは無理か)、二人が培ったチーム・ワークは、後にキリコが医師免許を取った地で如何なくその力を発揮することになる。


 最後はまた余談。「リズム・セクション」のところで書き落としたこと。ロック・バンドの打楽器といえばドラムスそしてパーカッション。最近はこれに電子音が加わるのだが、昔は手拍子が結構、愛用されていたのである。そして私はそれが好きなんだ。ジョン・フォガティーの「Centerfield」にも、ビートルズの「No Reply」にも、手拍子がとても効果的に使われている。

 楽器の音は乾いているが、手拍子は何といっても生きている有機物の音だから、ちょっとした湿り気がある。何人かで演っているので微妙にずれていることが多く、それがまた臨場感や躍動感を生んでいる。日本人はリッチー・ブラックモアのリードに手拍子を送った歴史がある。この点さすがはT.Rex、「20th Century Boy」はオープニングのリフとボランの叫び声に続いて手拍子が入る。



(この稿おわり)





初夏の上野は寛永寺 (2013年6月2日撮影)






 If I were you, I'd realize that I love you more than any other guy!

                         The Beatles   ”No Reply”












































.