おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

俺はみんなが思うような... (20世紀少年 第781 回)

 かつて5年近くも暮らした国だから、どの外国よりもアメリカに愛着がある。でも、ときどき常軌を逸するので困る。

 アメリカが或る国をつかまえて「こういう武器を持っている」というとき、そういう武器は無い。今回はどうか。


 さて、第22集もそろそろ大団円を迎えつつある。236ページの太陽の塔はまだ暗闇の中に立っているが、241ページ目の塔の向こうの空は朝焼けに染まっている。長い夜を飛び越えてカンナたちは、テレビ局から万博会場に移動した。そこにはすでに多数の観客が集まっている。

 明け方のウッドストックの再来で歌っているのは、大物歌手として招集されたエロイム・エッサイムズである。もうすでにずいぶん長く演っているのか、かつてのテレビ出演中のケンヂのバンドのように、ひっこめとか、いつまでやってんだという罵声を浴びている。これだから30人未満でひっそりと彼らはやりたいのだ。


 「あの歌手はまだか」という声も飛んでいる。みんな歌手の名を知らないらしい。「テロリスト」の遠藤ケンヂと知れたら、どういう展開になったのだろうか。それに皆まだ”ともだち”が不測の交通事故に巻き込まれたことも知らない。とにかく集まってみただけの聴衆なのだな。

 ステージの裏でプロモーターのカンナは、深刻な表情で「わかったわ」と凶報をもたらしたヤン坊マー坊に応じている。ウィルス噴霧用の円盤が来るのだ。百万人以上の人を誘導するなんて私にできるかなとカンナは自信さなそうだ。そんなに大勢、集まったのか...。本家ウッドストックの倍ぐらいありそうだ。みんな他にやることないものなあ。


 でも、やらなきゃと悲壮感を漂わすカンナに、「俺は、二機落としたぞ」と最初の吉報をもたらしたのは、血に染まった包帯を頭に巻いたヨレヨレのオッチョおじさんであった。どうやってか知らないが、ロボットから降りてたぶん歩いてきたのだろう。超人も大変なんだな。

 残るはあと一機と気合の入る双子であったが、次に登場したマルオが「その墜落も、俺たちが確認した」と戦況報告。これで敵の空軍は壊滅し、残るは陸軍の巨大ロボットのみとなった。まだ喜ぶのは早いが、取りあえずは万博会場から慌てて逃げ出す危機は去った模様である。


 カンナが安堵する間もなく、会場に「レディース&ジェントルマン」という司会者のDJコンチの声が鳴り響いた。「あの男がついにやってきたぞ」という名無しの紹介だけで、オーディエンスは敏感な反応を示して雄叫びを挙げている。ケンヂとビリーとチャーリーの登場である。このバンドも名無しなのか?

 ビリーがコードのプラグをベース・ギターにつないでいる間、ケンヂはスタンド・マイクの前に立った。十数年ぶりに見る変わり果てた叔父の姿に、カンナは「ケンヂおじちゃん」とつぶやいたまま絶句。ケンヂのジーパンが一部、破れている。先ほどの事故でケガをしたか。


 遠い昔にスパイダーさんに武道館を一杯にしたいと夢を語って無視されたケンヂは、いま100万人の観衆を前に「俺はみんなが思うような...」と言いかけたものの、カンナのナレーションによれば、言葉の続きは大歓声にかき消されてしまったらしい。この続きは「...男じゃない」というようなものだろう。

 では、彼はみんなが自分のことを、どういう人間だと思っていると考えているのだろうか。こんなに歓迎されるべき者ではないということか。「いつか分かってくれるさ」が、このバンドの合い言葉だったのに、時はめぐりそのときが来て、リーダーの第一声は冴えない。


 よげんの書。ウルティモマンのバッヂ。同級生をいじめたり悪用させたりするためにやったことではないのに、ケンヂは未だに、というかおそらく生涯、このことに負い目を感じ続けるのだろう。悪気がなければそれでよしと割り切れたら、人生どんに楽だろうと私ですら思う出来事が過去に幾つもある。

 ましてケンヂの場合、これまでのどんな戦争よりも大勢の人が死んだ元凶にされ、それが全くの見当はずれでもなく、バタフライ・エフェクトというべきか、風が吹けば桶屋がもうかると和風でいくか、とにかく完全に無縁というわけにはいきません。


 ケンヂは肩越しにリズム・セクションの二人に無言の合図を送った。準備は万端。即座に始まった演奏は、カンナによると大音響で、一緒にずっとやってきたかのようなアンサンブルの良さを聴かせつつ、全て新作であり聴衆が期待していた「あの歌」は結局やらなかった。理由は後日、考える。

 245ページ目と次ページを見開きで使って描かれている演奏風景。ドラムス担当のチャーリーの腕は、振りが早すぎて目にも止まらぬ程である。ビリーの痩身の影がステージの後方に向けて長く延びている。ステージは朝日の方に向けて設置されているのだ。

 ここでのケンヂはボブ・ディランのようにギターをほとんど水平に抱えて演奏している。マイクから離れているから間奏かエンディングか。息の合ったバンドは、いきなり新曲を演奏できるのか。それともカンナが知らないだけで、彼らの昔のレパートリーか...。


 3曲終わるとケンヂは踵を返して、客に背を向けた。「ボブ・レノン」を聴けないと知った客席から、ブーイングの嵐が巻き起こっている。客と言っても金、払ってないでしょ。ケンヂが集めたわけでもないでしょ。

 でも、それで片付く問題でもない。「グータララ」と歌い始めて督促中のお客さんを尻目に、ケンヂは「おまえらやれ」とエロイムに一方的に引き継いでステージを降りた。もっと大切な人たちが居るのだ。


 秘密基地のメンバーが勢ぞろいで、特に久しぶりに会ったユキジとヨシツネが泣いている。ケンヂは涙を浮かべるカンナの頭に野球帽をかぶせた。都合のよいことに、彼女は自分の野球帽を常盤荘に置いたままだったので頭が空いている。

 2000年、血の大みそかの夜以来、絵で言うと第10集109ページ目以来、足掛け二世紀ぶりに「泣くな」とケンヂは言った。そして、そのときと同じように二人は抱き合った。ちなみに、第1集のコンビニ場面も「泣いてねえで寝ろ、カンナ」で始まっている。



(この稿おわり)






「ギターを弾く女」 フェルメール






「ギターを弾く男、マーク・ボラン」    撮影:鋤田正義 
(すみません、週刊文春より拝借中)







 私はあなたが思ってるような人ではないかもしれない
 でも不思議なんだけどあなたの声を聞いてると
 とっても優しい気持ちになるのよ...

             「心を開いて」 ZARD

















































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