ブルース・スプリングスティーンの「No Surrender」という如何にも彼らしい曲の歌詞は、大意こんな感じで始まる。「俺達は学校から飛び出した さっさとあの間抜けどもから逃げなくちゃいけない 教室での授業より勉強になったのは 3分間のレコードだった」。
その昔、ポピュラー・ミュージックの録音時間は一曲3分ぐらいまでという厳しいルールがあったらしい。たぶん演奏者や聴き手の好みによるものではなくて、売り手側、放送側のご都合によるものだろう。これを初めて堂々と無視したのは、1968年にザ・ビートルズが発表した「Hay Jude」であると言われる。それ以来、下手をすると凡作を延々と聴かされるリスクも高まった。
今も紅白歌合戦を始めとする音楽番組は、出演者の数と放送時間の兼ね合いで、あいかわらず3分間ルールを守っているものも多かろう。見ていても慌ただしいもんねえ。しかし、ロックの生放送で同じことをしようとするのは、ちょっと無理があろうよ。時代遅れの石頭に立ち向かわずして何がロックだ、と奴なら言うだろう。
第13巻第6話の「ホンモノの男」は、そのホンモノの男が率いるバンドが、「演奏やめろ」というプラカードを、ステージ上で突き付けられている場面で始まる。ケンヂのバンド名が分からない。ここでは、「あのバカバンド」とか、「そのクソバンド」とか言われているが、まさか本名ではあるまい。
ケンヂは蓬髪で、「sway」と胸にプリントされたTシャツ姿。バス・ギターのビリーは鶏さんのトサカのようなモヒカン刈り。ドラムスのチャーリーは黒のタンクトップにペイズリーのバンダナ、そして濃い色のサングラス。やめろと言われても、演奏は止まらない。局側はCMの間に次の出演者のセットに変えなくてはならんので、新人バンドは強制撤去された。
テレビ局からトボトボと歩いて出てきたドラマーとベーシストは元気がない。局はバンドを出入り禁止とし、マネージャーはプロデューサーに叱られ、彼ら自身も社長に呼び出されている。10分以上もある曲を3分に縮めろなんて無理なんだよとビリーが言っている。抗議の電話で回線はパンクしたらしい。何ゆえの抗議だろう。なぜCMに切り替えたのかという文句なら立派だが。
先頭を歩くケンヂは「気にすんなって」という。「今にわかってもらえるさ」と、これまでどれだけ多くのロック・バンドがこの言葉を口にしてきたことだろうな。そして、この「今に」が来るまでには、相当の年月を要することだろう。
「21世紀少年」の上巻によれば、このバンドは後日、ある程度の人気を得て、ファンの娘たちに、もてた日々があったらしい。いや、このライブ会場のシーンは、テレビ進出の前だろうか...。関口先生はテレビでケンヂのバンドを見たと言っていたが。大麻でもやりそうだったという感想付きであった。
場面が切り替わって、夜の公園、ケンヂは再び「気にすんなって」と言っている。彼は鉄棒脇の鉄柵に腰かけて煙草をくゆらせている。相手のチャーリーは立ったまま。詫びを入れているからである。謝るときは黒メガネは外そう。でもケンヂは全く気にしていない様子で、代りのドラマーなんて幾らでもいると笑っている。
チャーリーは人気バンドに乗り換えたのだ。マーズ内藤とブラボーズ。全員が火星人のかっこうをして演奏するのだという。全員悪魔のエロイムのほうが、まだしもまともに見えてくるな。ロックに定義はないというのがケンヂの持論だが、このときは内心、どう思っていたのだろう...。それにしても、火星が好きな漫画だなー。
ビートルズはデビュー直前に、「ロリー・ストームとハリケーンズ」というバンドから、ドラマーのリンゴ・スターを引き抜き、さらに、それまでのマネージャーを捨てて、ブライアン・エプスタインを選んだ。クビになったこのマネージャーが書いた本の中に、著者とロリーが二人、客が引いた後のステージに腰を下ろして静かに語り合う印象的なシーンがあった。どこで間違って、こうなっちゃったんだろうねと。
花束抱えてライブ会場に駆け付けたユキジは、しかし、バンドを取り囲む追っかけの娘たちに圧倒されて、ケンヂに近付くことができなかったなかった。彼女は1997年、本当に店を継ぐなんて理由でバンドやめたのとケンヂに問うが、ケンヂは本当の理由を思い出すことができない。
2000年の一番街商店街でカンナにバンドをやめた話をしたときも、ケンヂはドラマーが抜けたことを思い出してはいない様子である。人は本当に思い出したくないとこを、本当に忘れてしまうということがあるのだろうか。それはともかく、本件に関して言えば珍しく「被害者」よりも「加害者」のチャーリーが良く覚えていたので読者も助かった。
(この終わり)
ほたるぶくろ(2012年5月17日撮影)
あの冬の夜、地球を守ろうと誓った戦士たちのように
引き下がらない 負けるもんか
Like soldiers in the winter's night with a vow to defend
No retreat, baby, no surrender