おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

Strange Woman  (20世紀少年 第390回)

 ビリー・ジョエルの「ストレンジャー」は変な人という意味ではなくて(私は最初、そう思っていた)、よそ者という意味です。アメリカでは、見ず知らずの人に道を教えてくれなどと声を掛けられても「断れ」と教わった。近付くや否や、強盗やひったくりに変身するからだそうだ。"I'm a stranger" (この土地の者ではない)と言って逃げるのが一番らしい。

 第13巻の第9話。通りすがりの知らない女性に、ほうきで演奏中の曲の名を尋ねられた少年は、直接それに答えず、「前世紀の古ーい曲」だと言った。父さんのCDに入っていたらしい。新しいのを聴きたいのだが古いCDばかりで、ギターを買う金もないとダニーはこぼす。ラジオもないのだろうか?


 そこまで喋って、ようやく彼は顔を上げて相手の顔をみた。「おばさん、誰?」とダニーは言った。キリコはユキジやコイズミと違って、「おばさんじゃない」とは言わなかった。しかし、名乗ってもくれなかった。これは、少年が曲名を教えてくれなかったことに対する仕返しではなく、「せいぼ」として追跡捜査されている身の上だから仕方がないのである。

 しかも単に逃げていればよいというものではない。早くワクチンを完成させて大量生産しなければならないのだ。これに続くドイツのシーンで、彼女はワクチンがまだ未完成であることを老夫婦に告げている。それが2014年の冬で、そのあとどうやらアメリカに渡ったらしい。


 ニューメキシコの街道をトコトコ歩くに至った経緯は不明だが、ともあれ早く安全で使えるラボを探さなければならない。そして道中、彼女はワクチンの有効性を確認するため、被験者を募ることにしたらしい。名乗る代わりに、「早くしないと、みんな死んじゃうの」とキリコは言った。早くしなくても人はみな死ぬが、揚げ足を取るのはやめよう。

 ダニーがそのあとで、父親に話しかけている回想シーンが続く。昼間から酒を飲んでいることからして、たぶんアルコール依存症の患者であろう。ダニーは、「気味の悪い女」に、効き目を試したいクスリがあるので、打たせてもらえないかと頼まれたのだがどうやら決心が付かず、やむなく父に相談している様子である。


 何人にも断られたってという話を聞いた父親は、「当たり前だっての」という当たり前の反応を示すのだが、「お金くれるって」という追加情報に目の色が変わった。よそ者の変な女が、金づるに見えたらしい。

 キリコがダニーに示した報酬額は100ドル。父親は150で受けてこいと言う。ダニーは、「ギター、買っていいかな」と目をそらしながら訊いている。色よい返事は期待し辛かったのだろう。しかし鬼父は、お前が稼いだ金なんだから買え買えといった。ダニーは真に受けた。


 ちなみに第1巻で、ダニーと同じ年頃だったケンヂは、「買ってくれよお、ギター」と母ちゃんに頼み込んでいるのだが、「馬鹿言ってないで酒の配達しといで」と叱られている。これが日本の立派な母親の姿というものだろう。働かざる者は食うべからずの時代であった。

 それでクスリを打ったのか?とケロヨンに訊かれて、少年は首を縦に振った。金は父親に巻き上げられたのか、ギターは買えなかったのか?と更に訊かれて、もう一度、首を縦に振った。「てめえの子供を何だと思ってやがんだ」とケロヨンは怒る。だが、そのあとのダニーの説明内容の凄まじさには圧倒された。


 ワクチン接種から1週間ぐらいしたころ、雑貨屋のガルシアさんが風邪をひいたと言っていたのだが、モリソンのおばさんが言いふらした話によると、全身から血を流してガルシアさんは死んだ。風邪のような症状に続いての大量出血死。井川さんと同じ症状である。そしてモリソンのおばさんも同じようにして死んだ。

 ガルシアとモリソンなら聞き覚えがある。モンタレー・ポップ・フェスティバルの回で触れたが、西海岸のロックバンド、「グレイトフル・デッド」のリーダーの名はジェリー・ガルシアという。第4巻でケンヂがオッチョに語っている「27歳で死んだロックの英雄リスト」に載っているジム・モリスンは、ドアーズのヴォーカリストで詩人でもあった。太くて良い声の持ち主だった。


 そのあとはあっという間に、友達のチャーリーさんの一家ほか、街中みんな同じ病気で死んだ。「嘘だと思うなら、街中の家のぞいてごらんよ。まだ、たくさん、そのままになっているから」とダニーは言った。ケロヨンは見たくもないものを見る必要もなく、林立する十字架をもう一度見わたして、ダニーの言うことを信じたようだ。

 ところで、ワクチンの効き目を確認するためには、キリコはすぐにこの町から立ち去ってしまっては意味がないのではなかろうか。まさか、滞在先のディッキー・モーテルで1週間あまり泊まり続け、ダニーを残して町が全滅するのを観察していたわけではあるまい。

 本当はただ単に、ほうきギターの少年に愛着を覚え、せめて彼だけでも助けたくなって、急ぐ旅を敢えてしばし中断しただけなのかもしれない。もしもそうだとしたら、彼の父はT-REXのあの曲をダニーに伝えたことにより、また、クスリを打ってもらえとダニーに命じた結果、図らずも、二重の意味で息子の命を救ったと言えるのかもしれない。



(この稿おわり)



確か去年もアップした近くの教会の花壇(2012年6月6日撮影)




People are strange when you're a stranger
Faces look ugly when you're alone
Women seem wicked when you're unwanted
Streets are uneven when you're down

おまえがよそ者になるということは、まわりが皆、おまえにとってよそ者だということだ
おまえが一人ぼっちのときは、まわりはみな、醜い顔のあつまりだ
おまえが歓迎してもらえないとき、女はみんな意地悪にみえるだろう
落ち込んでいるときは、平坦な道路を歩くようにはいかない

 "People are Strange" by The Doors