おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

3月26日 お肉券  (第1243回)

2020年3月下旬から4月上旬にかけて、私の印象では、日本政府の動きに挙動不審と申すべき混乱が続きました。慌て始めた直接のきっかけは、やはり3月24日に決定した2020オリンピック・パラリンピック東京大会の延長が大きな要因としてあるはずです。

もっとも、この日の前後に、いきなり感染拡大の状況が変わったのではなく、記録をみると3月中旬にはもうイタリアやアメリカで患者が急増しており、これは無理かもしれないという推測はできたはずだし、しなければなりません。一つには、国も都も年度末を迎えていたからです。


この国は公官庁や学校や多くの企業が、3月末に会計年度末を迎え、同時に人事も大きく動きます。3月に入ってから、巨額の予算を運営する組織のうち、COVIC-19 の被害状況や、東京大会の延期・中止に大きな影響をうけるところは、最近よく聞く「プランB」の準備を始めないといけませんでした。決算だけでも大変だったと思いますが。

特に国と都は、東京大会を来年度やるか否かで、来年度とその翌年度の予算額が大きく変わる。きっと延長なら二か年度にわたる総額の増加、中止なら減額を見込まないといけないはずです。加えて既に始まっていた社会経済活動に対する自粛要請の影響も考えなくてはなりません。経済の規模が縮小するのは目に見えています。そして税収が落ち込む。


さらに急速に高まってきた国民からの、臨時休業や雇止め等による大幅な収入減に対する補償の要請。これらに対する財政金融の諸政策を、目前に迫った令和三年度予算と、早くも検討せざるを得なくなった補正予算に、組み込まないとなりません。相当あわてたのだろうと思います。その結果、いきなり登場したのが、和牛商品券でした。

これは瞬く間に「お肉券」という蔑称が付き、「お魚券」も登場し、日本銀行券にしてくれとの悲鳴が上がり、肩たたき券のほうがまだましだという諦観に満ちた書き込みも出て、とうとうダルビッシュ投手からも日本は大丈夫かと心配されるに至りました。このときから私にとってのCOVIC-19は、悲劇から悪夢へと変わり始める。


どうして、こうなったのか、少し回りくどく理屈っぽく考えるのが本日の宿題です。経済学部卒ですし、経済活動を長くしてきましたから、お金のこととなると、ついあれこれ考えます。さて、私たち社会人は当然ながら生産者の一員であるとともに、消費者でもある。

30年か40年前までの核家族のモデルでは、お父さんが生産者、お母さんが消費者という家庭内の役割分担が、うちの実家でも親戚・近所でも、ごく普通でした。しかし、今は年代が若くなるほど一人暮らしや、夫婦共働きなどが占める割合が増え、各自が生産者兼消費者です。


さて、諸外国は知らず、日本の行政は生産者の味方です。家庭単位であっても、独居世帯であっても、生産者たる各単位の収入さえ安定していれば、消費者も同時に守れるという論理です。消費者庁ひとつ、ようやくできた。伝統的に消費者の味方といえば、私の友人も働いておりますが、地方自治体の消費者センターでありましょう。

こういう観点から国民生活を眺めていると、景況が悪化していたり財政がひっ迫していたりすると、ついつい生産者の保護に目が向きがちで、だから平気で消費税率を上げる。そして今、私を含め多くの日本国民は、今も通勤しているか、テレワークが可能な恵まれた職場にでもいない限り、不要不急の外出を自粛すべき消費者になっています。商品券という発想が出るはずです。


その前から、日本経済の景況は悪化の傾向を示していました。内閣府に四半期ごとのGDPの伸び率等を示した資料があります。2019年の最後の四半期(10月~12月)は、マイナス成長です。これは10月1日に消費税を引き上げたのと、頼みの中国の経済成長が鈍化したためというのが一般的な説明だと思います。

ここから挽回すべく、起死回生のオリンピック・パラリンピックに力を入れていたのに、年度末にひっくり返ってしまった。自由民主党が来年度の補正予算に向けた緊急経済対策を取りまとめたのが確か3月30日、経済財政諮問会議が31日です。


このとりまとめの過程で、同党の農林部会が原案を24日までに取りまとめたと、日本農業新聞が報道したのが25日。これを共同通信が同日配信し、翌26日には大手メディアが後追いして、その日のうちに「お肉券」がTwitterでトレンド入りしたと記憶しています。

このとき主に批判されたのは、政府関係者の中でも特に「族議員」でした。畜産や水産の業界がTTPや後継者不足で大変な苦労をしているのを私たちは知っています。また、これからが怖いといま思っていますが、日本の食料自給率はカロリーベースで4割を切っていますので、農林水産業は大切なのです。業界はひどくは責められなかったと思います。


窮状にある業態のとりまとめ団体が、政治家に陳情すること自体は、それが贈収賄などの法に触れるところまでいかないかぎり、世界的に珍しいことではありますまい。私のような薄利多売で生きている零細サービス業は、陳情先もありませんが、それはともかく、本件の関係者一同も、まさか事がこれほど大きくなるとは思っていなかったのではないか。

しかし、タイミングが最悪でした。小規模の生産者も、多くの消費者も、自粛要請そしておそらく相互監視への誘導策が奏功し(コロナ自警団などというらしい)、経済活動が一気にしぼんで、急速に心身がひからび始め、その傾向は今なお続いています。


そんなときに、ごく限られた商品しか買えないクーポンが最初の配給だと伝わってきた。和牛と鮮魚だけでは食生活が成り立たちません。初めて知りましたが、この世には牛肉アレルギーというものもあるらしい。

そして人によっては先ず食よりも、家賃・学費・住宅ローンの返済という、定期的に相当な額のお金(現金・流動性預金)による決済に困り始めているのに、お肉券では支払えません。私自身、今年に入って、もう二回、銀行の自動引き落としが残高不足で落ちず、銀行から督促を頂戴しました。庶民の懐具合につき、まったくの無知・無関心です。

結局、お肉券とお魚券は緊急経済対策から外され(朝日新聞の記事)、そのかわり、ごく普通に補正予算による手当ということで落ち着きました。これでいったん騒動は沈静し、今度こそまともな生活保障案が提示されるだろうと期待しました。そして訪れた四月馬鹿の日、私たちはマスクをいただけることが判明する。



(おわり)



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上野東照宮の桜並木  (2020年3月28日撮影)


















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