おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

アリンコの旅 (20世紀少年 第557回)

 第16集第6話の「旅の途中」は、その旅人であるオッチョの「教えてください...」という心の中での問いから始まる。ワクチン争奪戦を繰り広げた旅の仲間の生死は不明で、オッチョが彼らをどうしたのかも描かれていないが、少なくとも生き残った倉田さんとは袂を分かち、一人旅をしている。

 彼が教えを乞うている相手は、かつてタイあたりで修行したときの師である。絵を見ると、かつて息子を不慮の事故で失い、しかも悲しみと後悔も背負って山中をさまよい歩き、師に出会ったときの若き落合さんが、実際に師に問うたのと同じ質問を今の彼は繰り返しているようだ。「どうすれば、絶望に打ち勝てるのか」と。


 実に久しぶりの登場だが、座禅姿の師は「アリンコよ」と前置きしたのち、「絶望に打ち勝つ方法など、ない」と実も蓋もないような返事をした。その続きは何十ページもあとに出てくる。「ただ、歩き出すだけだ」という。かくして、オッチョは歩いている。頭に包帯をしたままだから、あの絶望からまだ間もないようだ。まだ信州だろうか。

 第5話では頭を割られただけで他に怪我をした様子はないので、第6話の彼が杖をついて歩いているのは、疲労のせいか空腹のせいか。さすがのオッチョも息も荒い。山道を下っていた彼は、坂の下に何軒かの民家が並んでいるのを見つけた。湯けむりのようなものが盛んにあがっている。温泉街だろうか。


 ちょうど20年前、転職した私はその職場で初めての海外出張に行くことになった。行先はそのころ事業展開をしていたパキスタンで、学校建設の予定地も観に行った。そのうちの一つは山に囲まれた静かな街で、高台で停まった車から降りて街並みを眺めた私は、「信州の温泉宿みたいだな」と思った。

 隣にいた同行者の男性が「信州の温泉宿みたいですね」と言った。ちょうどラマザンで昼食に困ったりもしたけれど、初出張の初現場とあって、この静かな街の様子と名前は20年経った今も覚えている。しかし、まさか国際的なニュースでその地名が流れるとは思わなかった。昨年、オサマ・ビンラディンが殺された町が、そのアボタバードである。


 オッチョが進もうとしてる反対側から、男が二人と赤ん坊を抱いた女が一人、悲鳴を上げながら坂道を逃げてくる。どうしたと尋ねるオッチョ。一人が「ワクチンの奪い合いで、殺し合いが始まった」と答えた。ここもかと叫びながら駆けつけたオッチョの目の前に何人もの人が倒れている。

 立木の幹に寄りかかって座り込んでいる男は、まだ息があり弱々しくうめいていた。助け起こそうとしたオッチョが、相手の悲鳴を聞いて振り向くと、ジェイソンのような人影が鎌を振り上げているではないか。間一髪、最初の一撃をオッチョはやむなく左腕で受けて、頭部の損傷を防いだ。


 オッチョの反撃は素早く、相手の腹部にロー・キックを叩き込んで倒し、ジョーのようにヨロリと立ち上がった敵に備えた彼だが、相手はすでに頭部から流血する大けがを負っており、間もなく倒れた。オッチョは「死んでる」と言った。願わくば、彼の蹴りで死んだのではありませんように。典型的な正当防衛ではあるけれど。

 助けられた男はオッチョが負った傷を見て驚き、すぐに手当しなければと言っているが、オッチョの注意は背後に向かっている。人の気配がしたのだ。大きなバッグを抱えた小学生ぐらいの男の子。妙なことに助けた男は、「あ、あの子」と言った。知っているらしい。更に妙なことに、少年は男を見ておびえている。この3人が、この夜の主役。



(この稿おわり)



靖国神社イチョウ並木。黄葉の季節限定のライトアップ。 (2012年12月3日撮影)

















































.