おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

新しきこの世界 (20世紀少年 第516回)

 第16集の146ページ。オッチョはサナエに見つかった。一目見て彼女は、このヒゲと長髪の男が、うわさのハルク・ホーガンではないかと思ったらしい。誰ですかと訊いても答えない相手に、「壁の向こうに行って帰って来たハルク・ホーガンですか?」と訊きなおしている。カツオは違うと反論しているが無視。

 オッチョはやれやれという顔をしているが、確かにアントニオ猪木と比べれば、ハルク・ホーガンに似ている。このあとで多数の偽名を携えて登場してくる彼の幼なじみであれば、そのとおりとでも答えたかもしれないが、オッチョは冗談でも嘘を言わない男である。ハルク・ホーガンじゃないが、壁の向こうには行ってきたと率直に答えて、姉弟を驚かせている。


 すぐあとの場面で、オッチョは一人で黙って小屋を立ち去ろうとして失敗している。これはおそらく、サナエが自分の存在に気付いた時点で、この子達をこれ以上、巻き込んではいけないという意識が働いたからに違いない。

 それでもこの晩と翌朝、サナエとかなり長時間の会話を交わしているのは、おそらく彼がまだ詳しく知らない「壁の中」の現状について、詳しい情報が欲しかったからだと思う。逆に、サナエが知りたがった「壁のむこう」について、ほとんど語ろうとしなかったのは、第17集に出てくる彼の体験が、とてもじゃないが子供向けの話にできないものだったからだろう。


 サナエはデモに参加したことを話題に出して、その時に騒動の元になっていた壁のむこうは天国か地獄なのかについて知ろうとしたが、オッチョの返答は「同じだよ」とそっけないものだった。壁に仕切られているが、どこもここと同じなのだという。

 彼は2年以上、本州一帯を歩き回ったのだと語った。すぐに東京に戻らなかったのは各地の状況を知りたかったためかな? 「地方ごとに小さなコミュニティーができてはいたが、どこもミニ”ともだち”に牛耳られていた」という。「牛耳を執る」というのは団体などを実力で支配することだが、出典である中国の古事を引用すると長くなるのでやめます。


 地方ごとに小さなコミュニティーしかなかったということは、日本も相当な人数がウィルスにやられたに違いない。サナエはむしろ後半の、ミニ”ともだち”に牛耳られていたというオッチョの発言に、”ともだち”に対する反感のようなものを感じたらしい。彼女は初対面のこの男に、重大な打ち明け話と相談事を持ちかける決意をした。

 先輩が突然、家族ごと消えた。大阪に転勤になったというが、連絡が取れない。その先輩はいつも言っていたのだという。”ともだち”は、うさん臭いって。この先輩とは、内藤先輩に違いあるまい。彼女が先輩と呼ぶ人は、内藤さん以外に出てこないという理由だけではない。

 
 ラジオ放送もないこの時代に、はるか北海道から孤高のDJが電波に乗せて飛ばしたあのナンバーを、内藤先輩は偶然、トランジスタラジオか何かでキャッチしたのだ。その歌は、平凡でのどかな日常生活が蝕まれ始めた時代に、無言の警告をこめて作られた曲であった。地獄の黙示録である。

 内藤先輩はその曲が気に入り、サナエも働いているコンビニで歌っていた。だから、彼女はその歌の「続き」を知っていたのである。そして、その歌には聴くものをして、ときには覚醒させ、ときには勇気や忍耐を持たせるという不思議な効能がある。サナエはオッチョに、”ともだち”って悪者なんですか、いい者なんですかとサダキヨのようなことを訊いた。


 相手の返事は厳しい。「君が自分で判断しろ」とオッチョは言った。その続きは自分に言い聞かせるような口調で、「何が悪なのか、何が善なのか...」というものだった。後に仁谷神父が見抜いたように、彼は多くの絶望をみてきたのだ。善人が悪人に急変したり、極悪人が自分に好意でうってくれたワクチンのおかげで免疫を得たりと大変だったのだ。オッチョに善悪二元論は通用しない。

 また、それに続く「すべての原因は俺達にある」とか、「俺は”ともだち”を作った最後の生き残りなのかもしれない」といった独り言のような発言は、13番が横断歩道でおばあちゃんに予言した、もうすぐ始まる「新しい世界」の発端が、「よげんの書」であったことを示している。そして、元気な姉妹の暮らしぶりで始まった「ともだち暦」の新しい世界のありさまが、これから徐々に明らかになる。



(この項おわり)




私の好きな故郷のお地蔵さん。旧東海道沿いにあり、花の絶えたことがない。
(2012年10月20日撮影)







 ベイエリアから リバプールから
 このアンテナが キャッチしたナンバー
 彼女 教科書 ひろげてるとき
 ホットなメッセージ 空に溶けてった

         RCサクセション 「トランジスタラジオ」