おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

撃墜王 (20世紀少年 第800回)

 800回記念のタイトル向けに、ちょうど威勢の良い場面が回ってきた。浦澤漫画は服装や小道具ほか背景を丁寧に描くし、雲や空に至るまでスクリーン・トーンも多用するため全体に情報量が多く、基本的に漫画は白黒だから彼の作品は他と比べて黒っぽい感じがする。その珍しい例外が上巻59ページに出てくる。

 翔太君が立っている。彼と彼の小さな影以外が真っ白なのは、オッチョの脳裏だからだ。翔太君の姿は父が最後に見たときのままで変わらない。息子が三度、「お父さん」と呼んだとき、あの時と違って本物の父が現れ出でた。オッチョは頭部の左側から流血したままだが、一部始終を見守っていたらしい翔太君は驚かない。


 少年は長身の親父を仰ぎ見て、「すごいね、お父さん。円盤、二個もやっつけたよ。」と褒めてくれた。お父さんが、「ああ、上図に撃てた。お前のおかげだ、翔太。」と応えると、翔太君は得意顔で小さな手を伸ばす。親子は静かに握手をし、オッチョは涙をこぼした。本当は翔太君と師の二人のおかげだったような気もするが、まあいい。

 ”ともだち”は、この落合親子と遠藤一家を丸ごと敵に回してしまったのだ。これでは計算も狂うだろう。ロボットも停止したままで、いまオッチョはその巨大な左足の親指のあたりに腰かけ、心のうちで翔太君と対話している。だが、感傷の時間は長く続かなかった。本人も含め、この仲間は無粋な連中が揃っているのだ。

 
 傍から「よっ、撃墜王」と声を掛けられて、オッチョはあわてて袖口で涙をぬぐう。男は人前で泣いてはいけないと言われて僕らは育った。声をかけてきたのは、おそらくそれに続けて「さすが、オッチョ、やるねえ」と感心しているケロヨンだろう。ちなみに、ケロヨンも近くに立っている4人も、オッチョが巨大ロボットに乗り込んだことは知らないはずだ。まして、撃墜の瞬間の彼は誰も見ていない。なぜケロヨンは知っているのだろう。他にいるもんかというなら許す。

 オッチョがこちらを向いたのを見て、マルオがその巨体を少しずらして、斜め後ろにいるケンヂがみえるよう心遣いを見せている。先ほど無粋と言って済みません。しばし見つめ合ったあとで、「ケンヂ...」とつぶやくオッチョの表情がこれほど穏やかで安らいで見えるのは、海ほたる刑務所から脱出してタイの密漁船に載せてもらって以来ではないか。対するケンヂも挨拶抜きで、「わリィな、オッチョ」とまずは余り済まなそうもない感じで詫びを入れている。今の子も「すみません」の略式としての「わリィ」を使っているのだろうか。


 お詫びというよりは感謝だろうな。「俺のかわりにロボット乗ってくれたんだって」と、ちょっと嬉しそうだ。「よげんの書」はケンヂ=オッチョの合作だが、ロボットに限っていえば確かにケンヂの発想であろう。だから血の大みそかでも「じゃあな、オッチョ。ちょっと、行ってくらあ」だったのだが、「ちょっと」が終わるまで18年くらい要した。ロボット内はまだ電源が生きているようで、目玉を擬したヘッドライトが光ったまま、原作者たちを見下ろしている。

 それを見上げ返して、「俺達の空想が現実になると...」とケンヂ、「こんなもんだ...」とオッチョ。この二人は血の大みそかのときの急造ロボットの余りの出来の悪さに、俺たちが思い描いた未来はこんなもんじゃないと怒っていたものだが、もっと大人になったし、敷島教授も腕を上げたので、「こんなもんだ」程度には格上げになったらしい。


 オッチョがちょっと微笑んで隣のケンヂの様子をうかがう。ケンヂは礼儀正しくサングラスを外し、その肩をオッチョがそっと抱いた。「このくだり」の絵です。ストーリー上では劇的な再会の場面だが、筆に抑制が効いている。ケロヨンもマルオも、穏やかに見守っているだけだ。それぞれ語りつくせぬほどの艱難辛苦を乗り越えてきた。余計な言葉は要らないのである。だが若者はそうはいかない。

 ケロヨンの息子は自慢したいことがあって、もう我慢できなくなってきた。彼が「なあ、親父」とシャツをたくし上げて見せたものは、たすき掛けにした布のようなもの。東村山の秘密基地から持ってきたらしい。ケロヨンは「でかしたぞ、我が息子」と高く評価している。「我が息子」か...。手塚漫画なら「せがれ」だな。氏木氏が物干し竿を見つけて持っていた。竿竹屋は”ともだち歴”も生き延びたようだ。旗が揚がった。




(この項おわり)







零式艦上戦闘機   (防衛省自衛隊サイトより)






 風たちぬ
 今は秋
 帰りたい
 帰れない...  
                            松田聖子



















































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