おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

死に至る病 (20世紀少年 第556回)

 ここしばらく私にも有権者らしいところがあることを披露した感じなので、そろそろ漫画に戻ろう。第16集。物語に原発事故はないが、あいにく別の問題が発生している最中である。荒野の七人のうち、ただ一人にワクチンが届いてしまったのだ。

 受け取った山内さんが包装を開けようとするのを見ながら、一行のひとりが爆発物じゃないだろうなと怯えている。しかし、爆発したのは郵便物ではなくて、みんなの自制心のほうだった。開封し終えた山内さんは、注射器とカプセルを見て、「ワクチンだ」と言った。本物かな、本物ならこれを打てばと口に出して言っているうちに、山内さんは知らずや、旅の仲間の顔色が変わっている。


 オッチョの顔に緊張が走った刹那、志村けん似の男がワクチンを奪い取り、逃げようとした彼に山内さんが組み付いて引き倒す。マルオ似の男が「よこせ」と叫んで追いかける。倉田さんと二人、他の5人と少し離れた場所にいたオッチョが駆け出しながら「よせ、やめ...」と言いかけたところで、彼は頭頂部あたりを大きな石で殴られて昏倒した。

 暴行犯が誰なのか、はっきりと描かれていないが、位置関係からして、また、同じ凶器を再び使っていることからして第一の容疑者は、余り疑いたくないが倉田さんだな。落合さんは命の恩人だったはずだが...。不意を襲われてオッチョも不運だったが、モンちゃんほどではなかった。


 倒れたまま顔を血まみれにして「やめろ」、「よせ」と制止しようとするオッチョの目の前で殴り合いが続く。最後に残ったかにみえたのは、さすがに若くて元気なせいかニット帽の青年であった。その彼も腕に注射する直前に、オッチョ同様、頭を石で割られて倒れた。

 命がけのサバイバル・ゲームを勝ち抜いた倉田さんだが、そのまま泣き崩れてしもうた。つい先ほど、近ごろの若い者はなんて言えないなと褒めていた相手が目の前に横たわっている。ようやく立ち上がったオッチョは、「なんてことだ」と一言、つぶやくのが精いっぱいだ。倉田さんはワクチンを打っただろうか。その前に精神が崩壊したかもしれない。


 読者が知っている範囲だけでも、オッチョはこれまで数多くの死を見てきた。悪い奴に殺された弱い者であったり、正義のために闘って死んだ者もあり、天罰が下って殺された奴もいた。理不尽な死も多かったが、オッチョはそのたびに悪に対し闘志を燃え上がらせて戦い続けてきた。

 彼が今、目にしたものはそれらと性格が違う。フクベエですら、”ともだち”は俺達が作り上げたと考えて受け入れているオッチョだが、これはほんの直前まであれほど仲が良かった者共の殺し合いだ。何の救いにもならず、生きる原動力にもならないこれをオッチョは絶望と呼んだ。


 キルケゴールは、絶望を死に至る病とした。彼の哲学はキリスト教に根付いているのでオッチョの場合と違うが、オッチョも翔太くんを失い、絶望のあまり「あのとき俺は死んだ」とまで神様に語っている。ただし、翔太くんの交通事故のときと異なり、神様によると彼は成長しているのであり、もう少し具体的にいうと、彼の魂の内には師の教えがある。

 それを思い出し、それに支えを求めるときが、図らずも来てしまったのだ。しかも、それだけでは済まなかったのだ。行く先々でトラブルが待ち構えているのがオッチョの人生だが、なんだかまるでトラブルのほうから超人を選んで近づいてくるようにもみえる。そんならそれで、 彼一人で片づけてくれぶ分、人類全体にとっては幸運と言えないこともないかな。



(この項おわり)





うちの近所の柳通り。 (2012年11月7日撮影)



































































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