おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

手錠 (20世紀少年 第558回)

 第17集の105ページ目。オッチョが救った男は、「このワクチン、あのコのものなんです」と言った。左手にカプセルを持って、オッチョに見せている。ちょっと、おかしい。ワクチンはこれ以前も、これ以降も、カプセルと注射器のセットで箱詰めになっており、透明のフタかカバーで覆われているらしく中が見える形で郵送されている。

 透明だから、すぐに何が入っているか分かる。奪い合いが起こりやすいようにしているためか? もっとおかしいのは、「あのコ」が男の顔を見て、冷や汗まで浮かべながら恐怖の表情を浮かべており、それになぜかそれまで片腕で下げていた大きなバッグを両手で胸元に抱きかかえた。奪われたくない様子。


 男はカプセルだけ見せて、「さ、おいで」と誘ったが、少年は踵を返して逃げてしまった。注射器はどうしたのだ? この場面の直前で、男は両手の掌を開けて見せているのだが、カプセルは持っていない。ということはポケットにでも入れてあったのだろう。注射器がないのは、すでに自分で打ったか。この前後の彼の落ち着き払った様子からして、もう接種は終わっているようだ。誰のワクチンか知らないが。

 あんたはこの村の人間かと質問したオッチョに、男はそうだと答え、あの子に送られてきたワクチンの奪い合いで、村がこんなことになってしまっていると答えた。これはこれで嘘ではないか。事実のほんの一部だが。オッチョは、少年が誰を見ても怯える状態なのだと受け止めたらしい。仕方がないな。


 怪我の手当をしようと誘われて、オッチョは男と共に民家に上がりこんだ。この村は木造家屋ばかりで家具調度も古いが、ここも”ともだち”により昭和年代に逆戻りさせられたのか。去年、白川郷に言ったが、あそこでさえ、こんなに古めかしくはない。

 男が救急箱を探しあぐねているのを見て、オッチョはこの男がこの家に住んでいるのではないと気が付いている。相手の男は問わず語りで事情を説明し始めた。8人いた家族は、彼一人を残して全員ウィルスで死んだ。家は住める状態ではないので他人の家を勝手に使わせてもらっているという。「それは...なんとも...」とオッチョは礼儀正しい。こういうときは多弁ではいけないと私も思う。


 男は万博会場に参加した者だけがワクチンをもらえるのは不公平ではないのだろうかと言う。ワクチンさえあれば私の家族は...と言って泣いているのだけれど、後に分かるが本当の理由はそうではなかった。嘘は嘘だが、涙は嘘ではあるまい。男はお茶を入れてくれた。例の「20世紀少年お茶碗」である。

 これもケンヂ一派とやらのテロリストの仕業なんでしょうかと男がぼやいている。そう語る相手こそ「人生劇場」でいえば飛車角のような英雄豪傑にして、ケンヂ一派とやらのブレイン兼武闘派なのだが、オッチョは無言である。かまわず男は(しかしよく喋る人だな)ワクチンが一億円で密売されている話などを続けている。


 あの子を探しに行かなくてはとオッチョは言った。「だが、なんだかひどく疲れた...」と言ってぐったりしているオッチョに、男は親切気に休んでいてください、あの子は私が探しますからと言った。その動機までは語らなかった。気が付けばオッチョは、片手に手錠をはめられて(海ほたる以来であろう)、手錠の片方は箪笥の取っ手にはめられている。

 「眠らされた?」とオッチョは言った。第4集において、オッチョが七色キッドの元・工場長に語ったところによれば、彼は師に毒キノコを食らわされたため、「毒も麻薬も俺には効かない」体になっている。睡眠薬は効くらしい。確かに合法の薬が効かないと、怪我や病気のときに困るもんね。さて、手錠ばかりか人の気配までしたから、彼もすっかり目が覚めた。



(この項おわり)





目白通りイチョウ並木。東京にはイチョウが多い。都の樹ですからね。
(2012年12月8日撮影)































































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