おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ヤン坊マー坊の記憶 (20世紀少年 第727回)

 第21集の178ページ目、鉄くずに囲まれた道をユキジとヨシツネが歩いている。「それで何? うまく言えなかったわけ?」とユキジ。ヨシツネは、おまえが道場を解散したみたいには上手くできないわと言い訳気味に話す。しかし解散の重さが違う。ユキジの道場は子供もご婦人もいる普通の柔道場だ。だが、ゲンジ一派は穏健派とはいえ反政府組織なのである。隊員たちも孤児や政治犯の出だろう。

 それを知っているユキジは、本当に解散させるつもりなのかと改めて問う。ヨシツネはやはり奴らを犠牲にはできない、ケンヂに怒られちまうよと言う。ユキジの表情は複雑だ。関係のない人を巻き込むなとケンヂは言った。命が危なかったら一目散に逃げろとも言った。誰よりその言葉を大切にしているのはユキジだろう。ヨシツネのいうことはよく分かる。だが、ほんの数人で戦ったら血の大みそかの再現になるのが関の山ではないだろうか。


 それより、ここはどこだとヨシツネは訊いているから、彼は敷島教授の工場を初訪問だ。僕に会わせたい人とは?というヨシツネの質問に対して、まずユキジは慎重に、秘密基地が壊されたときの喧嘩を覚えていないのかと切り出している。ヨシツネは物覚えが悪いとオッチョが太鼓判を押しているとおり、どうやら彼はヤン坊マー坊が憎らしかったことしか覚えていないらしい。

 ヨシツネが「目の前にいたら、勝てないにしても、一矢報いるぐらいは...」と怒りに震え出したとき、ユキジは静かに目を伏せた。引き合わせたい人たちがお出迎えで、やあヨシツネ君、久しぶりだねーとにこやかに立っている。「すぐわかったよ」「昔、一緒に遊んだ頃の面影のままだよ」とヤン坊マー坊は余計なことを言った。

 
 ここでユキジは「よしなさいよ、ヨシツネ」と言っているのだが、私の耳には「やりなさいよ、ヨシツネ」としか聞こえない。彼女の武芸をもってすればヨシツネの一人や二人、抑え込むなど朝飯前であろう。だが、このあとの「あ」とか「やっちゃった」とかいう彼女のセリフからして、さすがに高位の有段者であり暴力をふるえない彼女としては、せめてヨシツネに頑張ってもらいたかったに違いない。きっとそうだ。

 ヨシツネは期待した以上の働きであった。初動の大技はジャイアント馬場のファンなら、ランニング・ネック・ブリーカー・ドロップの二乗と呼ぶだろうか。私ならダブル・ウェスタン・ラリアート、若い世代はラリアットと発音する。続いてヘッドロックに足技、ネクタイ締めと多彩な攻撃が展開される。双子は久しぶりに会った仲間に何をするんだと言っただけでも十分ヨシツネを怒らせたのだが、そのあとが更に良くない。


 ヨシツネは2000年にY&Mコーポレーションを訪問したときの裏切りも責めたてたのだが、何とヤン坊マー坊はそれを覚えていなかったのであった。これはひどい。あのおかげで、ケンヂたちは比較的居心地のよかった地下鉄のホーム跡地を追い出されて地下水道沿いの辛い生活を強いられ、しかも結果的に仲間に迷惑をかけたヨシツネは熱まで出して寝込んでしまったのだ。

 少し前にマー坊は、ともだちタワーの中でオッチョに2000年の裏切りを責められて言い逃れに終始した。だから、マー坊も万丈目に垂れ込んだことは覚えているのだ。それにもかかわらず、その発端となったヨシツネ君は未だ眼中になかったのである。これではパル判事の表現をお借りすれば、モナコルクセンブルクでも立ち上がっただろう。ヨシツネは激怒した。必ず、この邪智暴虐の双子を除かなければならぬと決意した。

 今度という今度はぶっとばすと振り上げたヨシツネの右腕を「もういいだろ」と軽く取り押さえたのはオッチョであった。「やるじゃんか、ヨシツネ」と珍しく人をほめたオッチョである。彼もしばらく観戦を楽しんでいたに違いないと思うな。ねぎらいの一言も言いたくなろう。我に返ったヨシツネは「勝てることもあるんだ」と言った。そう、相手が戦わなければ。


 勝った勝ったとはしゃぐヨシツネを眺めながら、「ねえ、オッチョ」とユキジは声をかけた。おそらく二人はこの前に相談していたことがあったようで、オッチョはロボットなら人目に付かないところに移しておいたと答えている。今まで人目に付けっぱなしだったのだ。多分これが後になって敵につけ入る隙を与えたことになる。ともあれ、ここでのユキジの質問は別件だった。

 この騒動のもとになった喧嘩のことを覚えているかとユキジは問い直している。オッチョは自分とケンヂがやられたことは覚えていたが、そのあとの記憶がないらしい。この男が忘れることもあるんだ。「あたし、おぼえてるわよ」とユキジは言って男たちの注目を集めた。「あのときドンキーが...」とユキジの回想が始まる。その1か月ほど前、月面に立てると宣言した旗、そいつはすでに完成していたのだ。それを引っ担いでドンキーが走って来る。



(この稿おわり)






近所のお稲荷さん。目付きが良い。
(2013年5月19日撮影)

































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