おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

隊長さんのスピーチ (20世紀少年 第874回)

 あと残り二話となりました。下巻第7話の「ごめんなさい」に入る。「21世紀少年」は主人公の謝罪漫画みたいなものだな。最初のシーンは国連。この組織が送り込んだ軍隊が日本では言いたい放題であるとともに、敬礼を無視され放題だった。

 しかしここでは、お馴染みの国連おじさんが三たび登場して「こうして新たなるミレニアムを踏み出せるのは誰のおかげか」という決めゼリフを吐いている。「ミレニアム」もこれから千年ほどは死語だろうな。国連の式典が第1集の始めに出て来たときは誰が招かれたか分からない。次の第8集で同じ会場に招かれていたのは万丈目ら友民党の幹部であった。

 そして今回は商店街の寄り合いである。紹介しましょう、拍手をと言われてしまって、「どうする」とケロヨン、「どうするってったって」とヨシツネ。全く準備していないらしい。かつて英国王だって本番に備えて練習したのに。

 
 盛大な拍手に萎縮するヨシツネの背中をマルオの大きな手が突き飛ばし、押すなと怒るヨシツネにとっとと出ろよ、後がつかえてんだからよとケロヨンが追い打ちをかけている。小学生並みのいがみ合い。

 ヤン坊マー坊もいるが、彼らは最後の最後に裏切ってギリギリセーフの立場であるため後ろめたいが、法王が何かくれるらしいという理由で参加を決めた。原っぱでこの二人ごときが悪の大魔王だったころ、世の中はまだまだ大丈夫だったのだ。


 法王がヨシツネをお出迎えになる。この法王が来日されたとき、地下に潜伏しながら暗殺阻止計画を指揮していたリーダーだったから賓客なのだ。猊下のお手を頂戴するヨシツネであった。冷汗をかいている。彼はゲンジ一派の若い仲間の前ですら、まともなスピーチができなかった。ここでは「人」の字で誤魔化すこともできぬ。

 蝶ネクタイと白いスーツで決めたコンチが「メダルもらっちゃったよ」と嬉しそうだ。どうやらエンブレムは国連のマークであるらしい。どうせなら俺達のマークにしてほしかったが国連には抵抗があるんだろう。「ガキのころガムで当たりが出ると、バッチ、もらえたっかな」とケロヨンが極めて場違いな発言をしているが、詳細を知る由もなし、責めても仕方がない。


 マルオが「おっ、あいさつが始まるぞ」と早くもトラブルを待ち望むがごとく旧友の後ろ姿を見送る。ヨシツネは全身硬直状態で演壇に向かっております。第一声でさっそく期待通り声が裏返り、ケロヨンたちを喜ばせている。「僕はケンヂではなく、ゲンジ一派のリーダーでしてえ」と固有名詞ばかりの事実確認のみの答礼に、さぞや通訳も苦労しているに違いない。

 ヨシツネの発言内容のうち、新情報といえばケンヂとオッチョとユキジが「本日かたくなに出席を辞退した」件である。ケンヂとオッチョは後段で出てくるように次のミッションのため多忙であるし、そもそも彼らは「俺達の夢」が事の発端であることを厳し過ぎるほどに自覚しているからヒマでも来るはずがない。


 ではユキジはどうか。別件かな。ともだち府が落ちた日、革命軍のリーダーを自称したヨシツネは結局、門前で弁慶の立ち往生のように立っていただけであったが、他方で、ゲンジ一派を率いて敵陣に踏み込んだのはユキジではなかったか。高須と対峙し、敷島娘と戦い、天下のオトコオンナの面目躍如たるものがあった。

 それに国連に対する貢献度という意味では、ユキジが一番かもしれない。高須の相談役やら交渉人やら散々こき使われたし、おそらく敷島娘も拘束して最後のリモコンも連合軍に手渡しただろう。


 でも、だからこそ彼女はかたくなに辞退したに違いない。ここで紅一点のユキジが颯爽と登場し見事な演説をふるえば、マスコミネタには最適である。天国を携えて来た聖母の降臨するがごとし、だ。でもそれではヨシツネが霞んでしまうではないか。

 苦節二十年余、得意の掃除に余念なく隊長の重責を勤め上げたヨシツネの下に人も情報も集まり、そして出て行っては戻って来た。その艱難辛苦と功績を誰より知っているのはユキジだろう。あの危険なヴァーチャル・アトラクションに、当時のことは俺にしか分からんと言い残して侵入したのは、ケンヂが最初ではなくてヨシツネが先輩である。

 
 混乱した世の中を誰が統率するんだとオッチョに言われてしまい、やむなく留守番役を引き受けたヨシツネは、生きて帰ってこそ遠足だと厳しい条件を課した。オッチョに説教ができるのはヨシツネを措いて他には気が立ったときのカンナくらいしかいない。そしてまた、帰って来てしまったのだよな、遠足組が。

 新たな日本がどんな政体になるのか分からない。最近の私はこの日本に舶来品の西洋民主主義が適しているのかどうか、よく分からなくなってきた。とは言えチャーチルのおっちゃんが言うてはったように、他にまともなものがなければどうにもならへんねん。


 あいにくケンヂとオッチョは、血の大みそかの夜、車内でモンちゃんとユキジが怒っていたように、それぞれ勝手なことを始めてしまっているので、今後の日本は当面、ヨシツネに統率係を務めてもらわなくてはいけないと思う。

 それに少年時代に誓ったではないか。誰かが帰ってくるまでは僕が隊長だと。幸い国連という世界最大の国際機関と、ヴァチカンという精神世界の巨頭がお味方になり申したから心強い。これでいいのだ。レレレのレ。



(この稿おわり)









 This is the ultimate issue which confronts us.
 For the sake of all that we ourselves hold dear,
 and of the world's order and peace,
 it is unthinkable that we should refuse to meet the challenge.

    GEORGE VI Broadcast, outbreak of war with Germany,
    3 September 1939



 これが今、われわれが直面する究極の試練である。
 親しき者すべてのために、そして世界の秩序と平和のために、
 まだまだやらなきゃいけないことがある。

            対独開戦に際し、英国王のスピーチ 1939年9月3日







先月14日、火星が二年数か月ぶりに大接近した。写真では分かりにくいが、十四夜の月の左下にある赤い星が移住計画の対象となった火星である。この日、火星は天狼星シリウスと同様の光度に達した。そもそも東京の真ん中あたりで夜空に星が見えること自体が珍しい。
(2014年4月14日撮影)





(追記) 第1集冒頭の場面は、この下巻ではなく、第8集と同じです。私が見つけた手がかりは「前世紀で」の一言。





























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