おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

雨を見たかい   (20世紀少年 第281回)

 記憶では、グアムに3回、旅行したことがある。南の島で泳いだり、釣りをしたりして過ごすのが何より好きなのです。いずれも多忙な勤め人時代のことで、まとまった休みが取れるのは暮れ正月と夏季休暇だけ。ほとんどは年末年始に帰省し、夏休みに旅行していた。あいにく、日本が夏になるころ、グアムやサイパンあたりは雨期を迎える。3回とも雨がよく降った。

 その日も、グアムの海岸を散歩していたら大雨が降ってきた。息子がまだ幼かったので、日本でいう海の家のような店に入って雨宿りした。店といっても天井はあるが壁はなくて、柱だけの吹きさらし。眼前に広がるサンゴ礁の海を、スコールが白く叩きながら移動していくのを眺めながら、のんびりとコロナ・ビールを飲む。


 そのとき店は、それまで掛けていた音楽を止めて、驟雨に似合う曲に切り替えた。クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの”Have You Ever Seen the Rain?”。彼らの代表曲、「雨をみたかい」だ。グアム、あなどりがたし。何と洒落た真似を。美味しくビールをいただきながら、私は幸せそうに見えたに違いない。

 なお、この曲の歌詞には、”There's a calm before the storm.”という一節がある。英語にも、「嵐の前の静けさ」という諺があるのだろうか?


 「20世紀少年」には、雨が降る場面はほとんど出てこない。記憶では3か所のみで、いずれも登場人物の運命が変わる日だ。最初は第10巻、コイズミがサダキヨの車に、そして、カンナが校長の車に乗っている間に降り出した。彼らがほぼ同時に移動中であることが分かる。通り雨だったようで、サダキヨとコイズミが関口先生の自宅に着いたときには止んでいる。

 次は第14巻。高須と敷島教授の娘、ユキジとオッチョが「信じられない人間」を東京の街角で見かけた夜。3つめは第15巻に出てくる。中国の山奥の村に、後に法王になる神父と、後に神父になるヤクザ者が、命を賭けてワクチンを届けに行くシーン。いずれも、印象的な場面です。


 サダキヨは車が泥はねして汚れるのを極度に嫌っているらしく、それは当人の勝手だが、「君がモタモタしているからだ」とコイズミに向かって怒鳴り散らすのは不当であろう。コイズミは彼の怒りとブツブツうるさい独り言から逃れようとして、バックミラーにぶら下がって揺れている鉄人28号のフィギュアに話題を振るのだが、これをガンダムと呼んだがために、先生から更なる怒りを買ったのだった。

 しかも、先ほどの自動車論に続いて、サダキヨのロボット論が始まってしまう。「ロボットの概念もわからずに」などと怒るのだけれど、ロボットの概念って何だ? ロボットと人間が共同作業をしても構わないのであれば(自動車工場などでは、そうしているのでは?)、ガンダムマジンガーZもロボットと呼んで差支えないと思うが、サダキヨ先生はどう思う?


 アイザック・アシモフは、ロボットの三原則なるものを提唱して、何とかSFにおけるテクノロジーの世界に倫理学を持ち込もうとしたのだが、実際はターミネーターのように反乱を起こす連中もいれば、現実世界の攻撃用無人爆撃機などもロボットと呼んでよいなら、人殺しのロボットである。

 コイズミは、もう一度、話題の切り替えに挑んだ。今度は漫画本の出番である。彼女は、「ヴァーチャル・アトラクションで、あの秘密基地に置いてあった、昭和46年の少年マガジン」を思い出したのだ。その証拠に「あしたのジョー」を読んだと言ってしまった。「あしたのジョー」の初出である。ケンヂも好きらしい。別途いつの日か、詳しく語ろう。


 ちなみに、私はこれまで「バーチャル」・アトラクションと書いてきたのだが、改めて作品を読むと、「ヴァーチャル」になっている。しくじった。第8巻の171ページ目に、そのヴァーチャル・アトラクションの秘密基地の中で、寝転がってヤブ蚊に刺されて苦しんでいるコイズミが描かれているが、その枕になっているのが、問題の少年マガジンであろう。

 「続きが読みたい?」と訊かれ、よせばよいのに「面白かったので、できれば続きを」と、人付き合いの良すぎるコイズミは答えている。これでサダキヨの気が変わった。生徒を自宅に送るのは急きょ中止。ウチへ行こう、ということになってしまった。

 第10巻の111ページ目の上段に出てくるサダキヨがコイズミを連れて行った「ウチ」は、後に彼が説明したところによると、かつての”ともだち”の家を忠実に再現したものだという。その玄関先は、物語の後半に何度か出てくる、格子戸のあるフクベエの自宅とよく似ている。取り壊されて倉庫になる前の服部家の、実寸大の複製品であろうか。


(この稿おわり)



 

三日月と新タワー(2012年2月20日撮影)