おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

もう二度と会えない人  (第1298回)

重松清その日のまえに」収録の短編、「その日」に戻ります。感想文の続き。意識のない妻の和美を病院に見舞った主人公は、職場に戻り、社長の留守中に仕事の依頼があったことを部下の工藤くんから知らされました。

その依頼は諸条件からして彼の事務所が請け負うものではない点で、主人公も工藤くんも意見が一致します。事務所のデザインのスタイルはアメリカン・ポップ。他方で依頼は商店街のお盆の花火大会。


しかし主人公はFAXで届いた依頼主自作のキャッチ・コピーらしきものにあった「もう二度と会えない人」のための大きな迎え火が花火であるという一節に心惹かれます。この重松作品集は、若くして去りゆく人を見送る者が主役です。これまでは送る話題ばかりでした。

主人公は自分で依頼主の石川さんに電話することに決めました。石川さんは「潮騒」で、いきなり小学校の同級生だったシュンを見送るべき立場になりました。シュンが余命三ヵ月のガン患者だと聞いたときです。


もっともクラスメートといっても、シュンは二年間在学しただけで転校し、その後も連絡を取り合っていません。普通これは幼馴染というにはちょっと縁が薄いようです。ただし、この二人には今は無きオカちゃんという共通の思い出がありました。

オカちゃんは今なお海に吞まれたまま行方不明。そしてクリスマスの飾りつけをするから見に来いと誘ったシュンも、間に合うことなく昨秋の11月にこの世を去りました。


石川はうかつにも動揺して、シュンの連絡先を訊き忘れたまま永遠の別れとなってしまいました。しかし主人公が石川店長から聞いた話では、シュンの奥様がトートバッグに亡夫の遺骨を納め、石川を訪ねてきてくれて、シュンがクリスマスの行事に行きたがっていたことを知らせました。

もしもここで立ち上がらなければ、今なお故郷に住み、かつてはガキ大将で今は商店街の広報・企画責任者みたいなこともしている石川の顔が立ちませぬ。シュンはもちろんオカちゃんも上手く遅れなかったなら、せめて上手くお迎えしようという一大企画が花火大会。


私はこの挿話が好きなので、今回は少し長くなりそうです。主人公が架けた電話に出た石川さんは、聞けば主人公や和美と同年代で、「たぶん子供の頃は、ガキ大将」という雰囲気。重松お得意の会話の調子からして、江戸っ子のごとしです。

石川さんは「あのコピー、暗かったですね、やっぱり」と恐縮しています。あとでFAXを読んだストアのアルバイトにまでこき下ろされたらしい。確かに湿っぽいですが、陰鬱なものではないと思います。しかし商店街の合意形成はできていないらしく、「俺のオリジナル」で「個人的な事情による」ものとは、先走ったものです。「店が暇なんで、ついつい」らしい。


石川さんは素人の落書きなんで捨てちゃってくださいと言いましたが、主人公は「なかなかユニークでしたよ」と褒め(たしかに商店街主催の花火大会とは珍しい)、「花火がお盆の迎え火になるという発想」を評価して石川さんを喜ばせ、彼も頬が緩みました。

私にはこれを読んでいて思い出したことがあります。生まれ故郷の静岡で10歳のときまで住んでいた古い住宅街では、どの家もお盆の夜、玄関先の道端に細い松明を組んで火をともす習慣がありました。ただそれだけですが、ほとんど等間隔に幾つも並んだ盂蘭盆のぼんぼりのような焚火は、今も脳裏に焼き付いています。


石川さんは尋ねられたわけでもないのに、背景事情を説明するため、シュンとオカちゃんの話題に触れますが、いきなりそんな話を聞かされても主人公には「要領を得ない」ものでした。でも「なんとなくわかる」気もしました。

そして話が合ったのは、訪ねて来たシュンが意外と冷静で、幽霊のように透明のように見えたという感想を伝えたときです。それはその日の前に、まだ意識があった和美の印象そのものでした。かくして石川プロジェクトの企画案は採択されたのです。


ではなぜ主人公の事務所に話を持ち掛けて来たのでしょう。石川さんによると、シュンのお骨を入れて奥様が運んできたトートバックのイラストがお気に召したのだそうです。大手の石油会社のノベルティ・グッズだったそうで、石川さんはその線で調査したのでしょう。

そのイラストは和美が検査入院中の昨年秋(つまりシュンが亡くなったのと同じころ)に主人公が制作したものでしたが、「不安に包みこまれていた頃の、『作品』とは呼びたくない不出来な仕事のうちの一つ」でした。

それでも石川さんには何かが伝わったようで、「ああいうのをドーンと描いてほしいんですよ、景気よく」というご注文でありました。部下の目を気にしつつ、主人公は「わかりました、お引き受けします」と応じます。続きは後日、「その日のあと」にて。


(おわり)


幽霊の正体見たり...  (2025年12月8日撮影)










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