最後の条文のところまで来た。正確には、憲法はこのあとに「第十一章 補則」があり、改正草案には「附則」がついているのだが、ざっと見たところでは、改正前後の経過措置のようなものらしいので、いまは細かく読むのを控えます。
今回のタイトルを国民にした理由の一つは、憲法における「国民」に天皇あるいは皇室のメンバーは含まれるのかと、ふと思って国籍法、戸籍法、皇室典範など斜め読みしたのだが、よく分からなかったのだ。
憲法の「第一章 天皇」と「第三章 国民の権利及び義務」を比べると、同じ日本人でも憲法上の「国民」と「天皇」は明確に取扱いが異なる。国政への関与の可否、私有財産や職業選択の自由あるいは制限、納税の義務等々。
そこで当面は便宜的に、別々のものとして考えます。違っていたら修正します。改正草案では「元首」としているので、おそらく別格なのだろう。それでも、天皇以外の皇室はどうするのだろうね。何はともあれ、われわれは「民」(たみ)と長年、呼ばれておりますので、ここは謙虚に参ります。
最後の条とは、憲法の尊重と擁護という大切な事柄である。憲法全体の締めであるとともに、これも最高法規の章に入っている。落語でいえば真打。この重要な局面で、改正草案が何をやらかしているか見よう。一目瞭然で、わざわざ二つの項に分解し、それぞれ変質させている。
【現行憲法】
第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
【改正草案】
(憲法尊重擁護義務)
第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
二 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。
現憲法の文意は明らかで、「下々ではないもの」が、憲法に対して負う義務の中身を明確にしている。フランス語でいう、ノブレス・オブリージュなのだろう。国会議員あたりに一部、ノブレスではないのが混入しているようだが。「擁護」は、広辞苑第六版によると次のとおり。
擁護: かかえてまもること。かばいまもること。たすけまもること。おうご。「人権-」。
ご参考まで、デジタル大辞泉(コトバンク)には、こうある。[名](スル)侵害・危害から、かばい守ること。「憲法を擁護する」「人権擁護」
いずれも憲法や人権が、いかに害されやすいか、よく知っていなさる。誰にといえば、ノブレスにだ。勿論これは今上がそういうお方という意味ではない。日本の歴史で、革命やクーデタに類する出来事には、必ずと言ってよいほど皇室が関わり、というよりむしろ利用され、期待される。このため、権力を志向する者は、懸命に万世一系の「伝統」を保持しようとする。いまも大変です。
かくて憲法は天皇と摂政、およびあらゆる公務員に対し、尊重と擁護という重い義務を課した。日本の憲法は、国民が国家権力を制御するためのものだという本質は、憲法のどこにもそういう直截な表現で書いてないが、前文と本条を読めば明らかだ。
改正草案は、これを変えたい。尊重の義務と、擁護の義務の、それぞれの主体を分けた。「遵守すべき人」と、「遵守させるべき人」を区別した。第102条第1項案では、尊重すべき主体すなわち守るべき側を、「全て国民」としている。改正憲法は、法律に格下げになるわけだ。
なお、次項にも登場する「国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員」も、「全て国民」に含まれていることを、くれぐれもお忘れなく。特に国会議員は、自分たちと国民(のみなさま)は別の集団だと思っているらしいが、試しに次の選挙に落ちてみれば憲法の有難さを体感できるだろう。
第2項はどうだろう。いまの憲法を狭くしたような感じだ。すなわち、「国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員」は、擁護する義務を負うが、前記のとおり無駄な抵抗なのに、誤解したのか、気付かなかったのか知らないが、字面のうえでは「尊重する」義務から外した。言語道断の沙汰であろう。
もう一つ、「天皇又は摂政」を削除している。冒頭、天皇は憲法の国民に含まれるのかと悩んだのは、第1項の「尊重」のほうに入るかどうか決めたかったからなのだが、先送り。しかし、第2項の「擁護」から除外されたのは疑いようがない。
天皇を元首とした大日本帝国憲法ですら、その第四条に「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」とあって、憲法により統治すると書いてある。
改正草案は、天皇は元首であり、さらに憲法を尊重も擁護もしなくてよいと述べている。おそらく本音は、擁護してほしくないからだ。せっかくの機会なので、「すべて国民」が出てくる現憲法の条文を三つ並べてみる。第13条には「尊重」も出てくる。
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
政府の行為による惨禍は、先の大戦ばかりではない。ハンセン病患者も、原発事故の避難民も、どなたが「現地事情が許し次第,現場に赴かれ,犠牲者を悼み,被災者を慰め,救援活動に携わる人々を励まされ」たのか、私たちはよく知っている(カギカッコ内は宮内庁のサイトから転記しました)。
こういうことを素朴に尊いと思い、有難いと感じる人たちと、他方で疎ましいと考える人たちとは、去年の譲位の話が出たとき、はっきり二つの組に分かれた。あのときは、日本も捨てたもんじゃないと偉そうに思いましたね、私は。
(おわり)
実家上空 (2017年9月21日撮影)
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