おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

誰の名においてか  (第1381回)

 どういう政権ができて、どういう憲法改正の動きになりそうなのか、訳が分からんようになってきた。想像ですけれども、追加変更が第9条だけで終わるとは思っていないので、先を急ごう。改正条項の最後の箇所。


【現行憲法

第九十六条
二 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

【改正草案】

第百条
二 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、直ちに憲法改正を公布する。


 変更点は二か所ある。(1)「国民の名で」を削っている。(2)「この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する」を、「直ちに憲法改正を公布する」に変えている。

 このうち、後者の(2)については、本質的な変更かどうかわからないので、ここでは前者の(1)のみ考える。よほど、国民が嫌いらしい。この国政選挙の期間中ばかりは、わたくしも「国民のみなさま」に格上げされるのだが。


 周知のとおり、「日本国憲法」は何もないところから創出されたのではない。「大日本帝国憲法」を改正する手続きが取られている。これは、日本国憲法の前文の、更に前の文章に明記されている。

 今回は国立国会図書館のサイトにお世話になります。インターネットと情報公開がなかったら、こういう自習もお手上げだ。以下、引用します。
http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j01.html

 朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第七十三条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。
御名御璽
昭和二十一年十一月三日


 改正の瞬間まで、天皇陛下は「朕」であった。しかし、この日、大日本帝国憲法の第七十三条にもとづき、改正を裁可し、公布せしめた。明治憲法のサイトもアップします。
http://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j02.html

 旧憲法においては、元首たる天皇立法権も行うことになっていた。だから、改正も朕が裁可し、朕が公布せしめた。「誰それの名で」と、わざわざ書いていないのは、主語と同じだから必要ないからで、天皇の名において天皇が行うことで、何ら矛盾も問題も無い。


 いまの憲法では、発議は国会、承認は国民、公布は天皇(国事行為)と定められている。この憲法制定者たる国民と天皇の関係を明確にするために、現行の第97条第2項は、「国民の名で」と書いてある。そうとしか読めません。

 しかし、改正草案の発想はそうではない。繰り返すが、決議は国会、承認は国民、公布は天皇であり、しかも、「国民の名で」は削除されるのだから、天皇の名で公布するということだ。これで良いのか。

 ちなみに、憲法改正における国会の役割は、明治憲法が「議決」、昭和憲法が「発議」、改正草案が「決議」である。「発議」とは英文でイニシエイト、言い出し兵衛に過ぎない。それが先祖返りしようとしている。明治の御代、国内での戦闘向けだった「鎮台」は、やがて仮想敵国向けの「師団」になった。


 「前文」はいまの憲法も、改正草案も、日本国民が憲法を制定することになっている。しかし改正草案の改正条項には、もう国民の名は無いのだから、明治憲法の「告文」にあるように、天皇の名において(誰かにより)改正がなされるのだろう。

 簒奪という物騒な言葉がある。傀儡という不愉快な言葉もある。これに類することを政府・軍部が好き放題やった挙句に大戦争、無数の人が命を落とし、そしてできたのが今の平和憲法だ。「自衛隊を書き足す」だけで終わると信じるほど、若くない。数日後に戦前が始まるかもしれない。




(おわり)





私の伯父が陸軍にいたころの軍帽。持ち主は戻らなかった。
(2017年9月20日撮影)