いつの世も世界が終わるという予言は流行るらしい。噂によれば本日をもって世界は終わるとマヤ文明が言い遺したのだそうだ。そのマヤの世界がとっくに終わっているのだから、こういうのを本気で信じる人というのは、どういうお方なのだろうか...。
私が中学生のころは、何と言ってもノストラダムスであった。あれほどの大物でも間違うのに、信じて怯える人と、それで金儲けを企む者がいるため予言は絶えない。「この世は必要ない」と自分で予言して自作しようとする奴までいるのだ。
第17集の166ページ。蝶野巡査長に拳銃を突きつけられながら「何をやっていたんだ」と怒鳴られた村人たちは、凶器に動ずる気配もなく、一人の男が「歌...覚えてたんだ」と答えた。歌は彼らの前に置かれているラジオから聴こえてくるのだという。蝶野巡査長はラジオ放送などやっているはずがないと反論。
のちにカンナがテレビ局を襲う場面が出てくるが、従来、革命やらクーデタやらが起きると、反乱軍はテレビ局やラジオ曲を占拠しようとすることが多い。それまで独裁政権が情報統制していた現場から、今度は反政府の情報発信をするためだ。この戦法も変わりつつある。今年、TwitterやFacebookなどが、暴力を伴わなくても同様の効果を生むことが中東諸国で証明されている。
ともだち暦3年は機械文明も退化しSNSも機能していないようで、サナエやカツオは放送終了後のポンコツ・テレビからカンナの呼びかけを聞いていた。電波ジャックである。そして村人によると、ここではラジオから、たまに歌が聴こえるのだという。こちらも違法放送であるらしいことが後に分かる。
音楽はどうやら断片的にしか聴こえないため、彼らは一つの歌なのか複数の曲なのか判断しかねているようで、「何度も何度も聴いて、一曲一曲、歌詞を紙に書きとめるんだ」と語っている。別の男たちも紙を没収しても無駄だとか、もう全部覚えているからと頭を指さしながら言った。書いてあるのは五線紙ではなく、歌詞だけのようだ。歌詞が彼らには大切なのだ。
何枚かの絵によると、かつてケンヂはバンドでギタリスト兼ヴォーカリストであった。彼が「パクリ」をしたボブ・ディランもジョン・レノンも、彼が少年時代に聴いていたCCRやグレトフル・デッドのリーダーも、ウッドストック・フェスティバルに登場したCSN&Yやジミ・ヘンドリクスも、ギター兼ヴォーカル担当であった。言うまでもなく「20世紀少年」の歌とギターはマーク・ボランによるもの。
他方で、ギター専門のジェフ・ベックやジミー・ペイジの名前は出てこない。ケンヂの趣向がはっきりと示されているように思う。かつて彼は、ほうきギターの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」でマイナー・デビューし、クラシック・ギターで男を下げたかもしれないが、姉ちゃんのギターで無敵となった。
最初はギタリストだったようだが、いつの日か分からないけれどケンヂは歌うようにもなった。そして、間もなく春さんの発言にも出くるように作曲もするようになっている。では歌詞はどうか。第4集、2000年の夏、久々に会ったオッチョに向かってケンヂは「この事実をとにかく伝えようと思って路上ライブをやってみた」と語っている。
その目的とは、「奴らにわからないように、わかる奴だけにわかるように、誰かこの意味わかってくれって」というものだった。だが本人によればバンド時代同様、誰も聴いちゃくれねえのであり、「やっぱ才能ないのかな、俺」と厳しい自己評価を下している。それを聞いているオッチョの表情が穏やかで良い。
しかし、努力はしていみるものだな。作詞作曲、歌唱演奏を繰り返すうちに、彼は腕を上げたに違いない。また、迫りくる地球の危機は、彼の歌に魂を吹き込んだらしい。少女カンナに良い歌だとほめられたし、血の大みそかの夜には、見知らぬ若者たちにも拍手してもらった。
そして今、「覚えてどうするんだ」という蝶野巡査長の質問に、村人は何曲あるか分からないけど全部覚えたらと一人が語りかけたとき、みんなして巡査長を振り向いた。「俺達は自由になるんだ」と最初に返事をした男が、村を代表して答えている。彼らの精神は悪の呪縛から解き放たれようとしているのだ。
蝶野巡査長は意外な展開に目を見開いている。「誰が言ったんだ、そんなこと」と訊いてみると、一人の男が「そういう気になるんだよ、この歌を聴くと」と言った。不思議な効用だが、作詞者によれば、かわる奴にはわかるのだ。巡査長はもはや口を閉じ、黙ってラジカセを見下ろしている。
どうやら遠くからときどき流れてくる波長の短い電波は、このとき受信困難だったようでラジオも黙ったままのようだ。蝶野巡査長が誰の歌なのかを知るのに、もう少し時間がかかる。その歌手は今バイクに乗って近付きつつある。
もっとも、農作業の歌が変わったとき、巡査長はその曲を耳にしていたのかもしれないが、あのときはじっくり聴くどころではなかったのだろう。このシーンから、一旦、物語は東京に戻る。村人が夜、ひそかに聴いていた歌をカンナがCDラジカセでかけて、サナエがそれを聴きながら首をかしげている。
(この項おわり)
どんぐりの背比べ (2012年12月21日撮影)
I was born in a cross-fire hurricane.
And I howled at my ma in the driving rain.
十字砲火のハリケーンの中で この俺は生まれた
降りしきる雨の中 お袋の胸で泣き叫んだ
”Jumpin' Jack Flash” by The Rolling Stones
.