おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

なぜか知っている歌 (20世紀少年 第572回)

 第17集の181ページ目。シャワーで洗髪中のカンナに、サナエは繰り返し作戦中止をお願いしている。理由は「あんないい人達を犠牲にしないで」ほしいからだ。捨てられた地下街だから、シャワーは温水など出ないだろう。今は夏だから良いけれど、冬はつらかったろうな。

 どうやらカンナは下着もつけずに上下を着替えている。Tシャツの胸に「69」とあるのは、「ロック」のことか? 第10集でサダキヨとコイズミが会った関口先生のお子さんはシャツの胸に「169」という数字が入っている。漫画を描く人は、こういうとき、どういうふうにデザインを決めるのだろうね。

 
 カンナはサナエのお願いを聴きいれない。あの青年たちも、かつてヨシツネが面倒をみていた隊員たちと同じように、ウィルスで家族や恋人や友人達を失ったのだそうだ。「あたしが会った時は笑いなんてかけらもなかった」とカンナはいう。この作戦だけが彼らの元気、明るさを支えているというのだ。

 しかし相手は重装備の警察や軍隊である。素人がいくら集まっても勝ち目は薄い。実際、後に判明するが、マフィアでも無理だったのだ。カンナの作戦は、言葉は悪いが自爆テロに近いだろう。追い詰められて、ここまでの決心に至ったカンナの深刻な体験は、次の巻に描かれているがサナエは知る由もない。

 カンナはサナエの「でも!」という抗議を背中で聴きながらCDラジカセのスイッチを押した。こういうタイプは蝶野巡査長が村で見たラジカセよりずっと新しい型で、スイッチを押すのも楽になってきた。ただしまだ、リモコンなんてマンガの中にしかなかった。


 「日が暮れてどこからか」というお馴染みのケンヂの歌声が流れだす。サナエは何かほかに方法があるはずだと食い下がっている。彼女も理不尽な死を目にしたばかりだから、簡単に引き下がるわけにはいかないのだ。だが、カンナは8月20日を過ぎたら、自分は彼らを束ねることはできないと約束の日に執着している。

 曲が「地球の上に夜が来る」のところまで来たとき、サナエはこの曲に聴き覚えがあることに気付いている。その気配を察して、カンナは「気に入った?」と訊いた。もしもサナエが「知っている」と答えてカンナを驚かせたら事態は別の展開を迎えたかもしれないが、そうはならず彼女は「これ、昔のヒット曲ですか?」と訊き返している。


 カンナは、自分だけが持っているプライベート・カセットだと否定した。続いて引越準備完了を宣言。サナエは何かを思い出そうとしているかのように、ラジカセを見下ろしたままだ。ここでの「ボブ・レノン」は、ケンヂのアコースティック・ギターストローク一発で終わった(実際は、このあとで「サンキュー」と言っている)。サナエは不審気に、曲はこれで終わりなのかと聴いたのだが、カンナは答える必要を感じていない。

 その代り、たくさんあるテープを袋ごとサナエに差し出して「これ、あげる」と言った。「あたしにはもう必要ないから」というのがその理由だ。形見である。いまカンナの周囲にいるのは戦闘員ばかりで、長生きしそうな人といえばサナエしかおるまい。ワクチンも打っているし。

 それにサナエは怖い思いをしながら、大切な情報を伝えるべくやってきてくれた。「あなたに持っていてほしいの」とカンナは言った。この人選が適切だったことが後に分かる。カンナが吹っ切れたような、爽やかな表情を浮かべている。「じゃあね」と挨拶してカンナは背を向けた。サナエの説得は叶わなかったのだ。


 カンナの仲間に安全なところまで送られて、サナエは一人、バッグを抱えながら家路を急ぐ。先ほど聴いたばかりの歌を唄いながら。彼女はようやく確信したのだ。この歌を知っていることを。しかし、カンナは自分だけが持っているテープだと言っていた。さらに、サナエはもっと重要なことを思い出した。この歌には続きがあることも自分は知っている。

 続き知るに至った経緯は第19集に出てくるので、そのときに触れます。カツオと二人、ガッツボウルを出て教会に向かったときは、まだ昼前だった。サナエの長い旅は下水道、地下鉄、喜楽庵、地下街のアジトを転々とし、いま彼女の目の前で夕日が沈もうとしている。

 地球の上に夜が来る時間帯、おそらく同じ日に、星巡査はバイクに乗った不審者を双眼鏡で確認し、「宇宙人来襲!」と緊急報告。そして、どこかの商店街で悪魔に捧げる唄を歌う男。




(この項おわり)




神楽坂近辺にて (2012年12月19日撮影)





 Just as every cop is a criminal
 And all the sinners saints
 As heads is tails
 Just call me Lucifer
 'Cause I'm in need of some restraint

   警官がみな犯罪者であるように
   罪びとこそ聖なる者
   そんな逆さまの世の中だ
   俺を悪魔くんと呼べ
   俺を止めないと何をしでかすか分からんぞ

 ”Sympathy for the Devil” by The Rolling Stones

































































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