おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

裁判所の思い出  (第1231回)

 変なタイトルしか思い浮かばなかった。仕方がない。今回は第32条基本的人権の一つ、裁判所に訴える権利。現行法と改正草案は、次のとおり。

【現行憲法】 第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。
【改正草案】 (裁判を受ける権利) 第三十二条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を有する。


 内容がほぼ同じであるだけに、弄した小細工が目立つ。どうしても「奪われない」ではいけない理由を50字以内で述べてほしい。奪いかねないのが誰なのか、お心当たりがあるのだろう。お里が知れるというのは、こういうことを云うのだと思う。

 この「裁判を受ける」という表現は、もちろん裁判を起こすことなのだが、私はどうしても「裁判所に呼び出される」という印象を受けてしまう。「お裁きを受ける」というような言い回しの連想なのか。それとも、かつて被告になったときの記憶のせいか。


 日本では被告にも原告にも、なったことがない。しかし、アメリカで二回、なった。ただし正確にいうと、一回目は現地で勤めていた法人が民事で訴えられたもので、私は会社の事務手続きのルールや、日本の企業の習慣などについて、裁判官や相手の弁護士にあれこれ普通に質問を受けては説明しただけだから、むしろ証人の立場に近いような感じだった。

 だから別に恥ずかしいこともなく、幸い訴訟そのものが言いがかりもいいところで、間もなく取り下げになった。その裁判所でも、出番を終えた後に原告側の弁護士さんから、日本語で「ありがとう」と笑顔で送り出される始末だった。この裁判の記録は間もなく職場に送られてきて、今も記念に保管している。


 しかし二回目は、本物の個人の被告になった。刑事裁判である。罪状はよく覚えていないが、日本風にいうと道路交通法違反だろう。スピード違反や、一旦停止の無視などの合わせ技一本。今はどうか知らないが、駐在していた当時のカリフォルニア州では、運転免許の停止や取消という行政処分が無かったらしい。

 車社会だから、免停や免取になると、本当に生活に困る。特に一人暮らしだったりすると命に関わる。そういうわけで、「点数がたまる」と、いきなり起訴されて裁判沙汰になったのだ。最初にLA地裁から、出頭命令がお手紙で来た。


 難しくて何回か読んでもよくわからない。日付と裁判所の住所が書いてあって、来いといっているらしい。部署のアメリカ人上司に、「これは行った方がいいのか」と訊いたら「あたりまえだ」という厳しい返事がかえってきて、当日は有給休暇をとって被告は出頭しました。

 結果は裁判不成立につき無罪放免。「たぶん、そうなる」と事前に現地の人たちから聞いていたとおりで、原告である警察官が、業務多忙につき欠席したため、大相撲でいえば不戦勝になった。こんな小物に構ってなどいられるか、というのが警察と地裁の本音だろう。ロサンゼルス市警、通称LAPDコロンボ警部の勤務先とあって忙しいのだ。


 日本では裁判を傍聴にいったことならある。公判は、その名のとおり一般公開される。裁判所では、持ち物検査とIDの提示だけで、事務手続きは空港で国際線のチェックインをするときと変わらない。しかも、予約も料金も不要である。当たり前なのだろうが、原告と被告が実名で呼ばれているのが印象的だった。

 こういう精神的なしんどさに加え、よく言われているように、裁判はお金がかかるそうだし、報道によれば大変な時間もかかっている。そういうわけで、大半の国民にとって、この裁判を受ける権利は、濫用したくてもできないほどに、行使が困難なものだ。


 しかも、現実問題として、刑事訴訟の場合はまず警察に、民事訴訟の場合は弁護士に、相談しなければならないだろう。個人訴訟という手もあるが、少額で絶対に勝つと信じることができる程度でなければ、私には無理だ。

 そういう相談のため、警察に行ったことがある。本物の警視庁。名刺を頂戴したところ、刑事課の係長さんで、肩書をみて「太陽にほえろ」の裕次郎を思い出した。用件は、もうずっと前のことなので、おおまかなことは書いても問題ないと思うが、当時の勤務先が、大掛かりな金銭に関するインチキに巻き込まれた。訴えることができるかどうか、担当課の管理職の末端にいた私が、行けと言われて行ったのだ。

 
 事情はなるべく詳しく正確にお話しした。おそらく仮に裁判となれば、詐欺とか私文書偽造とかいう騒ぎになったのだろう。しかし、この件はすでに先方のトップが非を認め、インチキの全額を返金すると約束していたし、お金は契約内で勝手に流用したという証拠しかなく、つまり懐に入れた形跡も見つかっていなかった。

 ちなみに、先方は係長さんだけでなく、数名の刑事さんもご同席で、これは勿論、私が大物だからではなく、金額が膨大だったのと、当事者の両組織も知名度がそれなりに高かったことによるからだったと思う。係長さんが出した結論は、その短くも理解しやすい一言で十分であった。「司法試験なら、✕なんだけどね」。忙しいのはLAPDだけではないし、東京の治安も大切なのだ。ほっとして戻った。




(おわり)




谷中の梅も満開 (2017年2月19日撮影)
















































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