おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

海ほたるプリズン  (第959回)

 むかし、母音+「サ行」「ザ行」で始まる地名は、火山あるいは火山に縁があるものが少なくないため、古い日本語で火の山という意味であったかもしれないという説を聞いたことがある。でも富士山を筆頭に無数の例外があるし、母音もサ行もよく使われる音だから、単なる偶然なのかもしれない。

 ちなみに私が思いつく限りで、浅間、有珠、伊豆、尾瀬、恐山、雲仙、そして先日、噴火した阿蘇阿蘇山は学生時代に、火口の周囲を一巡りした。1982年の夏、火口部も含めて一面の緑に青い空。今回、すさまじい噴煙である。関東も猛暑、台風、竜巻、地震と続き、私は電車に閉じ込められ、風邪をひいた。もうこれ以上、何も起きないことを天に祈るばかりである。


 さて映画は、プロローグが不吉な放送事故を示して突然終わり、次に夜の海らしき暗い場面から本編が始まる。真っ暗闇ではなくて、遠くの岸に明かりがともり、水面に浮かぶ施設にも電灯が見える。看板には「海ほたる 刑務所」とあり、その下に漫画と同様、「UMIHOTARU PRISON」と外国人でも分かるように英語の案内まである。

 夜ならセットも楽だ。それに到着早々、眩暈を起こして倒れてしまう角田氏や同期の収容の場面は割愛されていて、いきなりバケモノが棲むと人の言う特別徴収房の暗い廊下が出てくる。カメラが進むと、奥の向かって右の部屋に、やっぱり角田氏がいた。


 先ずはこの漫画家が登場するというのは、原作者に対する敬意であろう。刑務所を開幕に用いた理由は不明だが、徒刑囚同士の会話の中に、正義の味方が実は...というメイン・テーマが出てくるからだろうか。

 角田氏は人恋しくなったのか、入口の鉄格子の中から、唯一顔を拝めるであろう正面の部屋の囚人に「あのー、聞こえますか?」と訊いた。しかし相手は機嫌が悪いのか、性格が悪いのか、確かに居る気配はするのだが、唸り声はすれども姿は見えず。角田氏は、もう一度、「あのー、人間ですよね」と丁寧に尋ねている。


 ちなみに漫画だと、一緒に収監された男が三人海に沈めたくらいで割に合わねえと、ぼやいていたが、角田氏は漫画を描いてインターネットに投稿しただけであった。ところが、或る種の権力は人殺しよりも、本当のことを言う者を恐れる。

 彼の囚人服は黒っぽいタンクトップで、背中に「1498」という番号が付いている。このマイナンバーについて、上の一般用の二人部屋で同居していた先輩囚人は、バーゲンセールみたいで良いじゃねえかと言ってくれたのであった。私は1498が、何か特別な意味のある数字かと思い悩んだことがあったが諦めかけている。現在の最有力候補は、石焼クッパ


 せっかく引っ越してきた新人のお向かえさんが挨拶しているのに、先住民は更に恐ろしく唸ったため、角田氏は「すみません」を繰り返して謝っている。どうやら幸い日本語が通じはしたのだ。そのあと腰を落として、「僕、漫画家なんです」と職業も知らせた。まだ、現在形だ。彼の見つめる右手中指にペンだこができている。よほど描いてきたのだろう。

 私はずっと事務職だったから、ワープロなるものが入り込んでくる前は、時期によっては一日中、ペンや鉛筆で書類を書いていた気がする。それを二年三年と続けても、タコなんてできた覚えがない。さて、その先しばらく角田氏は漫画と同じようなセリフを殆ど独り言のように続けるが、隣人は反応しない。


 しかし当たりの出た漫画のあらすじを語っているうちに、興が載った角田氏はついに立ち上がり、正義の味方のはずだった男が「実は」(これはフクベエもケンヂも同様である)という話を物言わぬ相手にぶつけたところ、なぜか先方は「ふっふっふ」と不敵に笑い、ここで初めて「正義の味方か」と国語でしゃべった。

 続いて、「どこかで聴いたような話だ」とか「俺は本当の正義の味方をしっている」等々、思わせぶりなことばかり言って若者を当惑させている。中高年の悪い癖だ。「そいつは逃げなかった。そいつは一人で敵に立ち向かっていった」と続ける男は、これから逃げるのであり、しかも一人で立ち向かうのでもなかったが、事情が事情だけにやむを得ない。


 漫画を読まずに映画を先に観た人は、これが一体、何のことやら、ここでは全く分からなかったに違いない。まあ後から分かるが。映画では、漫画にないセリフでこの場面が終わる。「そいつは、俺の友達だった」。もう過去形である。しかしまあ、どうせなら冒険科学友達漫画(映画)と銘打てばよかったのに。

 なお、映画の海ほたる刑務所のシーンは、冒頭に「2015」という年号が入る。今年です。一方で、漫画では2014年になっているのだが、これは映画化の際に2014年末のフクベエ騒動と、元日夜の図書館のひみつ会議を省いたため、オッチョが頃合い宜しく新宿の教会に姿を現すべく、海ほたるで年越しをする破目になったものだ。次にその「俺の友達」が出てくる。






(この稿おわり)







今年は朝顔も調子が出なかったか、今頃になって咲いている。
(2015年9月14日撮影)






 アスファルトの声
 眩暈と出会いの毎日
 俺はここから出られない

      「プリスナー」  柳ジョージとレイニーウッド













































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