おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

戦場への招待券  (第960回)

 多数決は民主主義の原理ではござらん。大半の人が賛成してくれないというとき(国会でいうと、立ち上がっただけで賛成多数につき可決ということにならないとき)、やむなく白黒丁半をはっきりさせるために使う最後の手段に過ぎない。反証の好例が議員の選挙。多数決が原理原則なら、全国で得票数の多い人から順番に選ぶべきだろう。支持者が多数なのだから。

 しばらく前に憲法やら集団的自衛権やらの話題を出しておいて、そのままというのも安保法案が成立した今、何となく落ち着かない。あれ以来、私の憲法や国防の知識や見解が高まったわけではないが、あのときに手続きだけはきちんとすべきだと主張したのに、完全に無視されたようなので腹が立ちます。


 小説「ゴールデンスランバー」に、集団的自衛権自衛隊の話題が出てくるとも書いた。この小説が出版されたのは、第一次安倍内閣が腹痛で離散した年である。当時から議論されていたのだ。また、賛成派の新聞がうれしそうにお書きになっているとおり、自民党の最新の政権公約にも書いてある。

 防衛庁防衛省に昇格したのも、第一次の安倍政権のとき。反対派の皆さんには酷な言い方になるが、お相手のほうが遥かに用意周到であり、今回は風雨の中、集会やデモで大変な活動をなさったが、あまりに初動が遅すぎた。それに我々は小泉政権に大量得票させて苦労したのに、また、やっちまっただよ。子孫が血で贖う破目にならなければ良いが。

 
 その防衛省と外務省が、本件の担当官庁であると思うのだが、私が知らないだけなのか、今回はずいぶんと無口でおられる。週刊誌を読んでいたら、自衛隊による集団的自衛権の行使は、両省の長年の夢であったそうだ。そうなの? 少なくとも大反対はしていなかったし、この国の国会議員はあんなにたくさんの、ややこしい法律など下書きもできない気がする。憲法学者も難しい言葉を使いすぎて分かってもらえなかった。

 こんなに強行軍で立法した理由の一つに、アメリカ軍の人手不足と財政難が背景事情としてあるという説も出ている。私も根拠らしい根拠は持っていないが、かなり昔の体験ではあるものの、それも可能性はあるなと思う出来事があったのを記憶している。もう四半世紀も前だ。


 商用でロサンゼルスに住んでいたころ、米軍から2回、軍隊に入らないかという招待状をいただいた。一通は空軍からで確かファントムの写真入り。もう一通は海軍からで、こちらは潜水艦の写真が載っていた。どちらも抜群にカッコいい殺人兵器で、なぜか男は(特に戦争を知らない者は)、こういう兵器やら武器やらが好きで、タイガー戦車のプラモデルなんかを嬉々として作る。安吾のいうとおり、実用に徹したものは美しい。

 ちなみに、いずれも封書は私の名前宛てに送られてきたのではなく、私の住所宛てに郵送されたDMだった。今は知らないが当時のカリフォルニアは公共料金の請求書なども、氏名なしの住所だけで届く。転居して最初の月は、クレームしない限り先住者が使った電気やガスの料金を支払うことになる。最後の月は、つまりその。


 でも軍隊さんは、郵便代の無駄遣いであった。そのころすでにアメリカは徴兵制を停止していて、かくのごとく手あたり次第に誘っていたのだろうが、私は国籍がない(US citizen ではない)ため、国軍には入れないのだ。正確に言うと、それを理由にあっさり断れる。文中にそう書いてあった。

 それでも、こんな機会は滅多にないので、最初の手紙は特に詳しく読んだのだが、2年だったか3年だったかの任期を満了すると、世界的に大人気のアメリカ国籍がもらえるというから、餌の仕掛けは最上級である。企業の駐在員でなければ、考え込んだかもしれない。結局お断りし、その直後に湾岸戦争が起きた。今もアメリカは徴兵制ではないのだから(と思う)、相当の報酬も支払っているはずだ。つまり、米軍のソルジャーは基本的に傭兵である。


 20世紀は、二度にわたる世界大戦と長く続いた東西対立があって、謂わば戦争の世紀であり、これに対して21世紀はテロの世紀と呼んだ方が実態に近いような気がする。これまで日本人がほとんどテロの犠牲になっていないのは、その一因として戦後一人も、自衛隊が人殺しをしていないからというのは間違いなかろう。その好条件を自ら捨てることにしたらしい。

 たぶん今回の法案の賛成者と反対者は、いずれも原発の賛成者と反対者に、かなり重なるような気がする。単なる右翼と左翼という信条の問題ではない。大半の反対者はそれらが危険だから嫌だという理由で反対しているのであろう。


 だが賛成者は好きで賛成しているのではない。保身と金儲けと気分がそうさせている。保身も金儲けも気分も、日常的に私を動かしているので、それら自体に文句はない。でも戦場に行くつもりはないでしょう。どこかの他の誰かが、租庸調を負担して死んでいく。

 まさか、この日本で小中学生のころ見かけた「WAR IS OVER」とか「GIVE PEACE A CHANCE」といったプラカードを、またも見ようとは思いもしなんだ。シュプレヒコールの波、通り過ぎていく。変わらない夢を見たがる者たちと戦うため。世情が荒れたねえ、みゆきさん。




(この稿おわり)










こんな色の彼岸花もありましたか。
(2015年9月15日、日暮里の街角で撮影)









 戦場への招待券という
 ただ一枚の紙切れが
 楽しい語らいの日々を
 悲しい別れの日にした

       「あの人の手紙」  かぐや姫
















































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