おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

Alone Again  (第937回)

 
 手書きで1991年と編集した年月日まで書いてあるカセット・テープが手元に二つ残っている。サンフランシスコで暮らしていた当時に持っていたカセットやCDから、気に入りの曲を集めたもので片方がハード・ロック、もう一方がスロー・バラードで、後者の一曲目がギルバート・オサリバンの「Alone Again (Naturally)」になっている。

 「アローン・アゲイン」はずっと前から知っていた歌で、中島みゆき絶唱タクシードライバー」の歌詞に出てくる。多くの人々がケンヂの「ボブ・レノン」を心の支えに生きて来たという設定を、私が違和感なく受け入れるのは自分もそういう目に遭ってきたからだ。ときにはロックに励まされ、ときにはフォークに慰められ、ときには演歌を聞きながら酒をのみ、こうして馬齢を重ねて来た。


 オサリバンという名字が示すように、アイルランド系の姓でサリバンさんの子という意味だそうだから、本来はヘレン・ケラーの奇跡の人、サリバン先生と同じお名前だ。当時のアメリカ人の同僚に、ギルバート・オサリバンって知っているかと尋ねたところ、ギルバート&サリバンの間違いだろうと相手にしてくれなかった。それは何ぞやと訊けば、百年も前のオペラの作家コンビらしい。相手は知っていたのに、からかわれた可能性がある。

 それはともかく、「アローン・アゲイン」の歌詞は、すでに曲名の「やはり結局また一人ぼっち」からも推測がつくように、人を慰めてくれるような曲かどうか至って疑わしい。特に一番の歌詞は悲惨を極める。その前半はカツマタ君そのものであり、後半は映画「卒業」を思い出させる。ただし、主人公ではなく花嫁を連れていかれた気の毒な新郎のほうの心境である。


 子供のころ金曜ロードショーあたりで最初に観たとき、「卒業」(原題は卒業生です)はハッピー・エンドの映画だと思った。でも学生時代にもう一度、名画座かどこかで観なおしたとき、どうも印象が違う。娘さんは過去よりも輝く未来が大事らしく気を取り直して大喜びだが、ダスティン・ホフマンは「ああ、えらいことしちまったなあ」「これから、どうすんべい」という表情にみえた。

 ちなみに、うぶな彼がいけないのだが、卒業生を誘惑する妖艶な人妻ミセス・ロビンソンを演じたのは、「奇跡の人」でサリバン先生の役をつとめたアン・バンクロフトである。あの二人が同一人物とは、今もって受け入れがたい。母と恋人の騒動でヒステリーを起こした娘役のほうは、後年「明日に向かって撃て」という妙な邦題の映画で、ポール・ニューマンの二人乗り自転車の荷台で雨に濡れてもはじける笑顔を見せていたキャサリン・ロス


 さて、曲の話に戻り、みゆきさんの「タクシードライバー」は、忘れてしまいたいことがあってバカ騒ぎをし、ハード・ロックの波に捨て流したはずの胸の痛みがタクシーの中で蘇る。あいつも、あたしも好きだった「アローン・アゲイン」を口ずさむのだが、幸い運転手は苦労人とみえて、天気予報が外れた話と野球の話ばかり何度も繰り返す。どちらの歌も全く救われない。そして今なお多くの人に好かれている。
 
 屋上のカツマタ君はこれと展開が異なり、ハード・ロックに取り敢えず救われた様子であったが、話しかけた相手が苦労人ではなく、微妙な行き違いのためカツマタ君は再び、一人ぼっちのあいつになった。ナチュラリーというのは、今西錦司さん風にいうと「なるべくして、なったんや」(これが人類の二足歩行の始まりらしい)ということだろう。カツマタ君の短所は、自分の言いたいことだけ言って、相手の言うことは殆ど聞こうとしない。ここで自然とその欠点が出た。


 こうして古い歌と古い映画を話題にしたのは、最近どうも小欄の言葉遣いから内容に至るまで、世情をもろに反映し荒んできたため、過去に逃避したのである。自分で書いていて、あるいは読み直して不愉快になるほどだったから、つい読んでしまった方々のうち、嫌な思いをされたひとがいらしたらお詫びします。でも、その時点では思った通りのことを書いたし、これはこれで子々孫々に語り残したいので、消さずにおきます。

 




(この稿おわり)






東京も梅雨入り!  (2015年6月10日撮影)








 Well, it seems to me that
 there are more hearts
 broken in the world
 that can't be mended,
 left unattended.
 What do we do?
 What do we do?

    ”Alone Again (Naturally)”  Gilvert O'sullivan









































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