おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

何も変わらなかった (20世紀少年 第884回)

 余談から始めます。第2集によるとユキジは、「こんな連中と関わってたら、本当にお嫁にいけない」と悟りを開いたはずだった。ところが自ら関ってしまい、案の上、お嫁に行けないまま今日に至る。

 ところで2年ほど前のことだったか、私以外は三十代の知り合いの男が数名という顔ぶれで雑談をしていたときのことである。何かの拍子でそれぞれの家庭の事情が話題になった。

 詳しい経緯を覚えていないのだが、若者はみんな嫁姑の関係で苦労でもしていたのだろうか、私以外の全員が「嫁という言葉は差別用語だ」と力強く合意してしまった。私は呆然としてしまい、二の句も告げぬまま話は別のテーマに移った。彼らが「瀬戸の花嫁」を聴いたら、どう感じるのだろう。


 もう一つ。1942年6月5日、ミッドウェイの海戦。帝国海軍が惨敗を喫した戦いで、戦争嫌いの私でさえ悔しいと思わざるを得ない程の負け方だった。あの敗北で日本軍は空母四隻と多くの戦闘機を喪ったとよく言われる。でも、しばらく前にミッドウェイの戦記を読んでいた時、本当に大損失だったのは物ではなく人のほうだったことを知った。

 炎上した空母の艦上から、多くのベテランの戦闘機乗りが給油を待たずに飛び立ったらしい。燃料担当の兵士たちが、それだけの油では帰艦できないと制止しようとしたものの、パイロットたちは「いいから、いいから」と振り払って上空の戦場に向かった。そして戻らなかった。


 沈みゆく空母の上でも艦長らの上級将校らは、逃げるだけの時間的余裕がまだまだあるにも拘わらず、海上に避難した部下たちに笑顔で敬礼しながら海中に没したという。船や飛行機なら作り直せるかもしれない。だが、生命とその才能・人柄は取り返しがつかないのだ。

 先般、近隣国で起きたフェリーの惨事において、真っ先に逃げ出した廉で逮捕されたという船長ほか安全管理責任者一同に聞かせてやりたい話である。ちなみに、かつてポセイドン号の話題を出したとき、大型客船は映画みたいに天地さかさまになったりしないと又聞きの記憶で書いた覚えがあるが、少なくとも規模によっては本当にひっくり返るのだな。高校生ほか犠牲者や家族の方々、誠に気の毒だ。


 今日はもう一つ、雑談を。映画「20世紀少年」でドンキーの訃報を伝えるスポーツ新聞は1997年10月のもので、第一面は国立競技場が湧いたというような趣旨の記事であった。あの競技場も遠からず建て替えられてしまう。去年近くまで行ったときに、ちゃんとお別れを言っておくべきだった。アベベと円谷が帰って来たトラックがある。

 1997年の秋、サッカー日本代表はここをホームにして、初のワールド・カップ出場を目指し奮闘中だった。そのうちの一戦が上記の記事のはずだ。今年もあの季節がやって来る。あまり賛成してもらえないが私の予想ではメッシのチームが勝つ。しかし海の向こうからシャビもクローゼもクリスティアーノ・ロナウドも来る。目が離せない。


 さて、屋上のケンヂが最初に耳にした発言は、ユキジの「何よ、用って?」という質問というか詰問であった。二人とも夏の制服姿である。対する中学生のケンヂは、踊場でホウキギターを抱えながら「へへへ、聴いたか、今の」と得意満面である。しかし、下の階段に立っている相手は「聴くって、何を?」と想定外の冷たい返事を寄こした。

 ケンヂは慌てている。T-REXだ、20センチュリーボーイだ、聴いてなかったのかよと責めた。「何の話?」とユキジ。見事な空振りである。往々にして男と女はこんなもんだ。ケンヂは話の持って行き場を失い、目を逸らして「とにかく、俺は無敵だ」と見当違いのことを言った。


 そして右手に例のレコードを握りしめたままで歌う。「今におまえをさらいに行くぜ♬、アイウォンチュー♬」。あまり上出来ではない。ユキジは「はあ?」と呆れ、同じく上から眺めている大人のケンヂも、文字どおり開いた口がふさがっていない。「バカじゃないの」といつもの調子で切り捨ててユキジは階段を下りていく。

 ホウキギターのケンヂは「え、あ、おい」と引き留め工作にかかるが後の祭り。サングラスのケンヂは、「はあ、まあ一応、告白していたか」とため息をついている。これで告白とは評価が高すぎないかとも思うが、主観的にはそうなのだろうね。この発言から、大人になって以降、この失敗の件はケンヂの記憶から抜け落ちたことが分かる。


 ちなみに、ケンヂ少年はこの程度でくじけるような意気地なしではなく、放送室のホウキをクラシック・ギターに持ち替えて、しかも福引で当たったのではない「ポセイドン・アドベンチャー」の映画観賞券まで用意して、再びユキジを呼び出している。しかし、結果は連敗であった。

 中学生のケンヂが屋上に出て来たので、大人のケンヂは出入り口の壁に身を隠している。振られた少年も「はー」と長い溜息をついて、聴いてもいないかと肩を落とした。そして屋上に座り込み、「結局、何も変わらなかった」と独り言。そう。ユキジの心も変わらなかったし、カツマタ君も死なずに済んだ。


 ケンヂはトランジスタラジオを取り出して、イヤホンを左耳に差し込んだ。レコードを横に置き、あおむけに寝転がって、もう一遍、大空に向かって「はー」と吐息また一つ。せっかく自宅から必殺技のレコードを持参し、放送係の少女に猿ぐつわを噛ませるという乱暴を働いてまで決行した音楽会だったのに、全校に放った初めてのロックは空に溶けただけだった。

 ケンヂがここで持っているラジオは、多分これまでも何回か出てきた自作のラジオと同じものだろう。イヤホンはAMのモノラルだったら片方で充分だ。今のヘッドフォンやイヤフォンではそうはいかないが、この場合、右の耳は聞こえる。だから音楽を聴きながらでも、誰かに声を掛けられたのが分かった。




(この稿おわり)





てっせん (2014年5月4日撮影)


 
 でも、このままでいいの
 ただのクラスメートだから

       「制服」   松田聖子













クラシックの音楽会は苦手ですが、
連行されてアルゲリッチのピアノを聴いて参りました。
(2014年5月3日撮影)







 んん 授業をさぼって 陽の当たる場所に いたんだよ
 寝転んでたのさ 屋上で 煙草の煙 とても青くて
 内ポケットにいつも トランジスタ・ラジオ
 彼女 教科書 広げてるとき 
 ホットなナンバー 空に溶けてった
 ああ、こんな気持 ああ、うまく言えたことがない ないあいあい...


            「トランジス・タラジオ」  RCサクセション
















































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