おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

天使の誘惑 (20世紀少年 第853回)

 本日も余談から始めます。私が万能細胞という言葉を知ったのは多分、10年くらい前で当時は東京の東側に住んでいた。近所に難病の子を抱えたご家庭があり、その時点の医学技術では不知の病であるため一生苦しまざるを得ず、頼みの綱は万能細胞だけだと親御さんから聞いた覚えがある。

 その後、転居したためご一家とは連絡が途絶えているが、iPS細胞が話題になったとき私は病の子のことを思い出した。特許争いが生じたころ、多くのご同朋はその動向にハラハラしていたと思うが、私はむしろほっとしたのを覚えている。山中教授の研究成果が世界的に認められたということだと解釈したからです。


 ノーベル賞も異例の早さで受賞なさり、当方もあとは臨床現場での実用化を待つばかりだと期待ていた矢先に降って湧いたのが、今回の「STAP細胞」の騒動である。現在、第三者が検証中とのことらしいので得意の暴言・軽挙妄動は控えるが、万が一、虚偽だとしたら昔の日本人なら「御免なさいで済むなら警察は要らない」と吠えるであろう。

 現時点でその「ごめんなさい」すらないということは、私としては発表の方法がどれほど拙劣かつ卑怯であったにしても、この万能細胞が本物であることを切に願う。ただ一人の病者のために。謝罪が手遅れになるとどういうことになるか知らないのなら、読むべき漫画を知っているのでお勧めする。


 その作品の感想文に戻ります。ケンヂ少年はどんな夢を見たのか。男と生まれ青少年ともなれば、年相応の良い夢を見たいと思うのは当然のことである。考えようによっては、夢も脳の自然な活動なのだから人生の一部である。例えば天女のような娘が現れ出でて何等かのご誘惑や合意形成があったなら、ご招待にあずかるのが礼儀というものであろう。

 それにしてもだ、電子機器内のキャラクターが夢まで見るとは、たいしたヴァーチャル・リアリティーである。ケンヂはデレーとした顔で頬を紅潮させながらその内容を報告している。そういえば仮想空間の一年後に同じ女の人と同じ部屋で会うのだが、忘れてしまっていたのかステージが違ったのか...。


 ともあれカンナっていう名前の人は、「けっこうかわいかったよ」というのが第一印象である。悪くない。次に例として「マユズミジュンとかヨシワザキョーコみたいに...」とタレント名を挙げているのに、大人のケンヂは先を急いでいるので「そんなことどうでもいい」と一喝している。

 しかし、ここはやはり議論を深めてほしかった。確かに1970年ごろの吉沢京子は可愛かった。ケンヂも私と同様、テレビで「柔道一直線」を観ていたのだろう。私はあれで初めて近藤正臣を見たな。


 「柔道一直線」の原作は梶原一騎である。すでに「20世紀少年」に作品名や登場人物が出てきた漫画だけでも、「巨人の星」「あしたのジョー」「空手バカ一代」「赤き血のイレブン」があり、そのほか「タイガーマスク」「侍ジャイアンツ」などのスポーツ作品の原作者である。

 過去これだけお世話になっていながら何ですが、たぶん今の子供が観たら「ありえねえ」とでも言うであろう程に、万有引力慣性の法則などを超越した動きを見せる超人の群れが登場する。柔道一直線の場合は、地獄車と二段投げという必殺技が見ものだった。”ともだち”は重力に縛られない、か...。


 他方で、黛ジュンはどうか。独特な魅力を持つ歌手であったことに異論はないが、いくらボキャブラリーが貧困だとて、何でもかんでも気に入れば「かわいい」と呼べばいいと言うものではない。
 
 ケンヂや私の年代は歌謡曲に関する限り、少し生まれるのが遅かったかもしれない。いしだあゆみ小林麻美や、園まりや伊東ゆかりや、ザ・ピーナッツちあきなおみを味わうには人生経験が不足しておった。そろそろという頃には既に少女アイドルの時代になってしまっていた。


 「カンナって、あのカンナか?」というケンヂの質問に対し、少年は「どのカンナだか知らないよ」と答える。どっちもどっち、不毛のQ&Aを切り上げて、少年はようやく用件に移った。そのカンナはサングラスかけたヒゲのケンヂに伝言があったのだ。

 カンナは前回もヴァーチャル・アトラクションに入るとき場所を間違ったのだが、今回も同じケンヂではあるが生身のおじさんではなくて、CGの少年にアクセスしてしまったのであった。メッセージは「反陽子ばくだんのリモコンの隠し場所」が「秘密基地にある」というものであった。


 カンナにしてみれば、現実の現代の日本においてサダキヨ少年が語っていた「秘密基地」が存在するはずがないので、ちょうど過去的なところを彷徨っているケンヂに窮余の一策で調査依頼をしたのだな。速報を受けてケンヂおじちゃんはケンヂ少年を連れ、原っぱの秘密基地の前に立った。

 第14集にはこの一年後に、老ヨシツネと小ヨシツネが仲良く秘密基地を作る場面が出てきたが、46ページの老ケンヂと小ケンヂは真剣な面持ちで基地の入り口を眺めている。少年はヨシツネが、誰かが基地を使ったみたいだと話していた巻頭カラーの場面を思い出している。


 こんなに狭かったかなと初老のケンヂ。大人が入るともういっぱいだと子供のケンヂ。前にも書いたような覚えがあるが子供のころ遊んだ街、今では本当に小さく見える。入場した大人ケンヂが「んー」と関心を示しているのはマンガ雑誌である。
 
 さきほどは「そんなことどうでもいい」と急いでカンナ論を打ち切ったくせに、その少年が持ってきたに違いない少年マガジンを手に取っている。表紙はニセの太陽の塔だ。怪獣みたいな絵である。さいとう・たかを「無用ノ介」連載中。色黒の坊主が笑ってばかりのギャグ漫画、ジョージ秋山「ほらふきドンドン」もある。


 この漫画「20世紀少年」の重要な情報は、往々にして一二枚の紙きれに書かれて出てくる。ドンキーの手紙や姉ちゃん宛ての手紙に入っていた目玉のマーク。ヨシツネの基地で見つかった「くびつりざか」の透かし文字。オッチョと角田氏が見つけた「ひみつ集会」の招待状。

 この場面においてもケンヂが開いた少年マガジンから、ヒラリと紙切れが落ちた。「反陽子ばくだんのリモコンはカンカラの中」。宝探しの遊びが始まったのだ。大人には大人の遊びというものがあるのに、いつまでたってもケンヂを「もてあそぶ」という子供の遊びしかできない。

 ケンヂは基地の中を捜したがカンカラは見つからない。カンカラなら記憶の中を捜した方がよかったのだが、まだそこまで思いが至らない。やむなく子供のケンヂにも訊いたのだが、なぜか返事がない。基地の入り口を抜けると、そこは原っぱではなかった。





(この稿おわり)




少年マガジン 1970年第11号(推定)





 私のくちびるに人差し指で 口づけしてあきらめた人   


        「天使の誘惑」   黛ジュン  

  
                                           










































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