数年前のことになるが、もう何大会にもわたってメダルがとれなくなった男子マラソンの関係者が語っていたことである。アマチュア・スポーツは大会数も国別の出場枠にも限りがある。ある時期に世界レベルの優れた選手が数多く出てくると、そのあとで空洞化の現象が起きるらしい。
実績を出したいコーチ陣は、どうしても優秀な選手たちの指導に集中してしまう。出番の少ない二番手クラスとの差が開き、若手が伸びない。多彩な素質を持つ選手が、他の競技に転出してしまう。全盛期が去ったとき、知識・経験を伝えるべき相手も機会もない...。今回のオリンピックも、つい過去の栄光と比べてしまう競技が幾つかある。
今の日本で競争が激しい分野というと、フィギュア・スケート、そして、サッカーも強くなってきた。国内の過当競争で疲弊しないよう願うが、彼らは外国のチームに所属したり、外国人のコーチに教えを乞うたりするのを抵抗なく実行しているようなので、頼もしい感じがします。それはそうと、よかったなあ、福原。
第14巻第10話の「僕の夏休み」は、私の好きなエピソードの一つである。ヨシツネ隊長に泥ダンゴを投げつけた少年はうずくまったまま、その理由を次のように説明している。すなわち、また四年生の連中がぶち壊しにきたのかと思った。あいつら、二つ下のくせに僕よりでかいんだ。もう三回もここ、つぶされてるんだ。
少年は地面に突っ伏したままで両掌を合わせ、「ごめんなさい」を繰り返す。「やれうつな」と一茶は蠅に心を寄せた。いまの都心のマンションにはハエすらいないが、わが少年時代には、至るところで巨大なハエが手をすり足をすっていたものだ。一茶は数え三歳で生母を失っている。去年の大津波の後、よく思い出す一茶の句。亡き母や海見るたびに見るたびに。
ヨシツネ隊長は、少年の釈明を聴いているうちに、何か気付くところがあったらしい。もはや怒りを鎮め、「おまえ...」と語りかけた。少年は語調が変わったのに気付いたのだろう、ふとその顔を上げた。小さな三角形の目と、細長く先の垂れた眉。それは隊長が、自分自身何をしていたのか忘れていた小学校6年生夏休みのヨシツネ少年だった。
ところで、ヨシツネ少年よりもデカくて、「奴ら」というから複数であり、基地を何度も壊しに来る二つ下の四年生たちとは誰だろうか? これまでの回想シーンにおいて、そのような凶行を繰り返す連中といえば、ヤン坊マー坊しか出て来ていない。しかし、第1巻でヨシツネたちより2歳下というと、まだ2年生である。あの巨体で2年生か。史上最悪の双子で、非情極悪冷酷傲慢横暴非道の二乗が2年生か...。
暑い季節、今の男の子たちはもっぱらバミューダを着用しているが、ヨシツネや私の少年時代は、このヨシツネ少年がはいているようなトランクス型の半ズボンであった。少年としばし見つめ合って後、隊長がここで何をやってるんだと尋ねると、少年は「つくってんだ、秘密基地」と答え、さらに、以前は別の空き地に秘密基地があったのだが、ボウリング場建設で追い出されたのだという。
隊長は「ケンヂやオッチョは、このこと知っているのか」と訊く。「おじさん、あいつら、知ってんの?」と少年は問い返した。後年のケンヂも少年時代の自分と同じような会話をしているが、仲間を知っていると伝えると子供は心を開くらしい。「あいつら、これをみたらびっくりするよ」と少年は言う。一人でやってるのかと訊くと、「うん」と言う。
現代日本の政治は、沖縄の米軍基地移転問題について全く無為無策と言ってよいほど混乱したままだが、ヨシツネ少年はただ一人で基地移転を敢行し、敵襲で3回も破壊されながら、くじけず4回目の建設中なのだ。しかも、ケンヂやオッチョみたいにうまく作れないんだと謙虚である。
隊長はちょっと心配になったようで、6年生にもなって、こんなことやっていていいのかと、やや説教口調になった。続いて「みんなそれぞれ忙しいんだ。こんなの作ったって集まらないぞ」と言ったのは、もしかしたら実際そのとおりの結果になったことを思い出したのかもしれない。
だが、作業を再開した少年は、振り向きもせずに決然と「来るよ」と言った。基地内にはマンガ雑誌もラジオも手配済みだという。「あいつらがいつ戻ってきてもいいように、それまで僕がここを守るんだ。」と語る少年の横顔が誇らしげに輝いている。「みんなが来るまで僕が隊長だ」と少年は言った。ギャング・エイジを乗り越えて、この少年もまた大人への道を歩み始めている。
単行本第14巻冒頭の「いままでの あらすじ」という解説の文中に、「2014年、亡きケンヂの遺志を継ぎ、立ち上がったのは、17歳になったカンナだった。ケンヂの仲間達を招集し、決戦にそなえる彼女は...」という箇所があるが、私はこれに少々異論がある。
カンナが招集したのはタイと中国のマフィアであって、ケンヂの仲間たちではない。確かにユキジもオッチョも身体を張ってカンナを守り続けるが、彼らは呼ばれて来たのではなく自発的に行動しているのだし、ケンヂの仲間たちも時にはカンナの言動がきっかけで集まるが、基本的にはむしろカンナと別行動が多い。
2014年からともだち暦3年に至るまで、ケンヂの仲間達の活動の中心に位置したのは、カンナではなくヨシツネの秘密基地である。バーチャル・アトラクションの調査も最後の無血の革命も、みなヨシツネのリーダーシップ(非リーダー的リーダーシップというべきかな)が求心力となって集まった人々の活躍の成果であった。
ここに至るまで私は、ヨシツネが21世紀に入ってから都内何か所かに秘密基地を設けたのは、ケンヂほか戦死した仲間の敵討ちのために彼が考え出したことだとのみ思っていたのだが、すでにその何十年も前に彼は、みんなが来るまでの隊長としての自覚と行動力を有していたことがわかる。
しかも、立派なことに、みんなが戻ったら隊長を辞められるなどという泣き言もなく、強敵と戦い続けている。しばし無言のままだった年長のほうの隊長は、少年隊長の背中を見下ろしながら、「おじさんも、手伝っていいかな?」と訊いた。
(この稿おわり)
南洋の夕空(2012年7月11日撮影)
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