おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

ポスター (20世紀少年 第751回)

 煙突がたくさん立っている。第22集の63ページ目。かつて話題に出した千住の「お化け煙突」の実物(と言っても古い映画だが)を観てみたい方は、昭和二十八年(1953年)の邦画「煙突の見える場所」をご覧になるといいです。今の都心には煙突などいくら探してもない。

 わが家のバルコニーから見えるのは、ビルとマンションと東京スカイツリーばかり。ありがたいのは、天気が好い夜には東京タワーが見えることだ。われらの世代はフクベエの部屋にペナントが飾ってあったとおり、東京といえば東京タワーであった。地元の皆さんやファンには申し訳ないが、スカイツリーは私にとっては電波塔である。夜になると緑色のイルミネーションが光るが、伊藤園の緑茶のペットボトルに似ている。暴言お許しください。


 ともだち歴3年、その町で若者が数人、急ぎの様子でポスターをそこら中の壁に貼っている。それを眺めているのは、ウィルスにも負けず雨にも風にも負けずに生き残った例の着流しの博徒であった。そのポスターで宣伝されているフェスティバルの主催者の名は、彼が声を出して読んでいるように遠藤カンナ。

 ポスターの最上段に「KANNA ENDO PRESENTS」と英語で書かれている。コミックスの表紙には「NAOKI URASAWA PRESENTS」と書かれている。催し物のタイトルは「MUSIC FESTIVAL」とシンプルで、最後の「L」の字がギターのネックになっているのが洒落ている。

 場所は「AT 万国博覧会会場」と大ざっぱ。うたい文句は、「あの名曲『ボブ・レノン』の幻の歌手 出場決定」とある。幻の本人の了解を得た形跡がない。「他 豪華アーティスト多数出演」とも書いてあるが、こちらも難儀することになる。最後に「入場無料」と大書されています。開催費はどこから出るのだろう。


 和服のギャンブラーは、カンナが2014年のカジノで最後に引くはずだったスペードの6を後生大事に持っている。商売繁盛のお守りか。「賭けに出たな、お嬢ちゃん」と男はつぶやく。彼はまた見たいのだ。第4話のタイトル、「あんたの勝負」の切れ味を。次のシーンはガッツボールの前にたたずむ杖を突いた神様のご登場。

 神様は先日来、夢に見るようになった大観衆が、このポスターのフェスティバルの観客なのか、それとも「第二の中山律子さん」こと小泉響子が巻き起こすボウリング・ブームの歓声なのか判断しかねている。神様はフェスティバルのはずはねえと首を振って邪念を振り払おうとしているが、今一度ポスターを見上げている。ボウリング会場には50万人も入らない...。


 次が傑作で、ともだち歴になっても活動継続中のエロイム・エッサイムズのライブ・ハウスだ。コイズミは今ボウリングよりも大切な用事があり、カンナを連れて彼らを「豪華アーティスト」の一員として招聘しに来たのであった。豪華と言われただけで驚くエロイムたちであったが、そもそも「三十人以上の前ではやらないポリシー」なのに、「予定」では50万人も来るとカンナに言われて絶句している。

 窮地を救ったのはコイズミが連れてきた奥の手、元リード・ギタリストのダミアン吉田であった。彼が「本物の悪魔」を、俺の「師匠」と呼んでいるのがまことに古風で宜しい。彼が教わったのは技術ではなく芸なのであった。しかもそのあと修行を積んだのであり、その腕を師匠に見せたいのだという。この口説き文句は決まった。オリジナル・メンバーの復活である。「ヘタクソ」のロメロは即日解雇。


 芸といえばビートたけしがよく使う言葉でもある。彼にまつわる話題をひとつ。去年だったか雑誌のインタビューに応えて、若手の芸人が語っていたエピソードを、記憶だけ頼りに書き残そう。まだあまり売れていない若い芸人数名で仕事帰りに呑んでいたところ、店の人から「たけしさんが来てみえます」という大事件の発生を知ってしまった。

 彼らにとっては雲の上の人、神様よりも偉い。だが、口をきいたことがなく、自分らの名前も知らないだろう。挨拶に参上すべきなのか、それとも折角の席の邪魔になりはしないか、深刻な議論が続いたがお店から第二報が届き、たけしさんはお帰りになりましたという。しかも、ここのお勘定もお支払になりましたという。これだけでも記事になるだろうがまだ先がある。

 あわてた若手たちが店の前の道路に転がり出たところ、幸いビートたけしは店に呼んだタクシーに乗り込もうとしているところだった。必死にお礼を述べる後輩一同に、たけしはこう言って去って行ったらしい。「売れたら使ってね」。若手芸人たちの名前は忘れたが、今も必死に修行しているに違いない。これで売れなかったら、男がすたるなんてもんじゃない。


 エッサイムズの説得に成功して気を良くしたカンナとコイズミは、続いて春波夫宅を訪問した。ところが意外なことに、春さんは売れた以上、使ってくれるなと言う。理由は少なくとも表向き自分の歌は、”ともだち”賛歌だからだ。このフェスティバルには似つかわしくない、今回は演歌の出る幕じゃないだろうと彼は言う。

 コイズミも集客力の点では、エロイムが春さんの足元にも及ばないことを十分わきまえているから動転している。カンナに何か言ってやってよと慌てているのだが、なぜかカンナは黙って見送るばかり。彼女は記憶の糸を手繰り寄せているのかもしれない。何年か前、この家の地下で春さんは演歌歌手でなくなり、この世に警鐘を鳴らす本当の音楽が必要だと語った。その男が出るとしたら、チャーリーはどうするだろうか? 



(この稿おわり)






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