おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

昭和文化会館 (20世紀少年 第721回)

 昭和文化月間のボウリング大会から神様とコイズミがガッツボウルに戻ってきた。コイズミ優勝の報告を神様から聞いたカンナは「すごいじゃない」と喜んでいる。カンナのこんな晴れ晴れとした笑顔はしばらく見たことがなかったし、これからもそんな場合ではなくなる。ボウリング場の屋内にいた二人は赤ペンキを浴びていない。

 ところが、神様とコイズミは円盤の飛行時間帯に、オープン・カフェで優勝祝賀パーティーを開催中であり、コイズミはアイスを頂いていたころであって、屋外のカフェなのに被害がない。表情が変わったカンナはコイズミにどこにいたかと問い詰めている。コイズミによるとボウリング場やカフェは「昭和文化会館」にあるのだという。また、昭和記念か。


 このブログでは無数の理由を挙げつつ、「昭和は良かった」という風潮に冷や水を浴びせてきた。そのいちいちは繰り返さないが、それでも一言申し上げれば、あまりに今上に対して失礼ではないか。しかし、多くの中高年同様、”ともだち”も昭和は良かったと思っているらしく、文化会館あり文化月間ありと盛りだくさんだ。昭和時代の前半は悲惨な戦争ばかりだったのに、戦争を知らない子供たちはノスタルジーに浸っている。

 私は先日、ご依頼があって同窓会報に記事を寄せた。頼まれたテーマは「ツイッターの始め方」である...。いまツイッターを知らない人は多分読んでも分からないだろうし、文中に「昔のテレビと違ってパソコンはひっぱたいても動きませんから」と書こうかとまで思った。でも皮肉がききすぎても良くないし、若い世代には通じないしと思って削った。ちょうど私ぐらいの年代を境に、上の年代と下の年代は全く違う機会文明に生きている。


 昭和四十年代から五十年代、いまJ-POPなどと呼ばれている日本のポップスは、「ニュー・ミュージック」という凄いジャンルが付いていました。そのころ多くの優れたミュージシャンを輩出した博多の「照和」というライブ喫茶で甲斐よしひろがバイトで働いていたころ、井上陽水がちょこっと店に寄った。彼が帰ろうとしたとき誰かが一曲演ってよとコンチのように頼んだところ陽水は快諾してギターのケースを開けた。

 甲斐はそのとき生涯忘れられない光景を見ることになった。金も払わない客に一曲歌うだけだというのに、階段に腰かけた陽水はアコースティック・ギターの弦を全部ていねいに張り替えてから歌った。陽水が一流の歌手になったのは、あの比類なき歌声のおかげだけではなかったのだ。ちなみに、ケンヂはあの有様では張り替えたくてもスペアの弦もなかったろうな。


 さて、湾岸をバイクで走っていた青年と、湾岸でボウリングをしていたコイズミを引き連れて、カンナは車で湾岸線に向かった。青年がここを走っていたという場所に停車して、コイズミが指さす先にある昭和文化会館の所在地を見れば、例の東京万博会場が広がっている。ニセの太陽の塔、左にソ連館、目玉男の佐藤さんが「チョコロールパン」と形容した富士グループのパビリオンも見える。お寺の塔は古河パビリオン、そのモデルは東大寺

 カンナが「万博会場...」とつぶやく。その隣ではコイズミが「ほえ?」という顔をしているが、カンナはそれどころではない記憶をよみがえらせている。あの日、”ともだち”はエレベーターの壁に手をつきながら言った。「あそこだけが残る」と。「すべての文明が滅んだ後、あれだけが残るんだ」と。「猿の惑星」のマネかな。文明が滅んだあとでいつまでも残るものなど廃墟以外にない。ピラミッドもコロセウムも、今のところ残っているだけである。諸行は無常。


 避難場所が見つかったとカンナは宣言した。「都民全員を、万博会場に...」と言う。発想は鋭い。だが深い分だけ少し狭かったようだ。”ともだち”は「すべての文明が滅んだ後」と言った。だが、彼が飛ばしていると思われれる円盤は、壁の中でペンキをばらまいているだけであり、本番でウィルスに替えても犠牲になるのは東京だけだ。今の私にもそういう傾向があるのだが、東京に長いこといると東京以外のことをあまり考えなくなってしまう。

 子供のころ町内は無限に近いほど広かった。それなのに今の自分は、たかだか二十数か国を訪問しただけで世界中のことを知っているような気分で過ごしている。”ともだち”も世界大統領などと自称している割に、壁で囲った東京に蟄居しているだけで実にスケールが小さい。何が壁だ。海岸沿いが手抜き工事である。私なら暑い季節に東京湾を泳いで木更津方面に脱出する。寒さにはショーグンも苦労したことだし。



(この稿おわり)




昭和の日本の守り神、ウルトラマン生誕の地。
小田急線の祖師ヶ谷大蔵駅前にて、2013年4月25日撮影)




 僕のテレビは寒さで
 画期的な色になり
 とても醜いあの娘を
 ぐっと魅力的な娘にして
 すぐ消えた

        井上陽水 「氷の世界」


































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