おじさんの雑記帳 

「20世紀少年」の感想文そのほか 寺本匡俊 1960年生 東京在住

長塚さん (20世紀少年 第678回)

 第20集の161ページ目。鼻先にオッチョの棒を突き付けられて冷や汗をかいているマー坊だが、「今だってさ、万丈目からの連絡を待っていたんだ」と不思議なことを言い出した。マー坊によると「俺は万丈目派」であり、万丈目からカンナやオッチョやユキジのこと、すなわちクーデター計画のことも聞いていたのだという。オッチョは万丈目が「死んだよ、いや、殺された」ことを伝えて、ようやく棒術の警戒を解いている。

 マー坊はそうなるんじゃないかと思っていたと首を振りつつ、仕方がないな、あれだけ悪いことすればと殆ど無関心であるばかりか、死者に鞭打たずの大和民族の端くれであるにもかかわらず、「確実に地獄行きだな」と評している。一応は片手で面倒くさそうに拝んで「ナンマイダ〜」と言っているが、本来、念仏は自分自身が極楽往生するためにお勤めするのであって、他人を地獄から救う蜘蛛の糸ではない。


 クーデターは頓挫した。マー坊は俺たちも早くここを出たほうがよいと歩き出す。オッチョとユキジはカンナの身を案じているのだが、マー坊によるとカンナはうまくこのタワーから逃げ出したのを自分が確認したから大丈夫だという。そしてどうやら、オッチョとユキジは、ここはマー坊を信じるしかないと判断したらしい。この土壇場でマー坊を信用するというのも危険な賭けになる。

 だが少なくとも彼は万丈目のクーデター計画を知っていたのだし、おそらくオッチョとユキジより計画に詳しいはずで、その彼が諦めているし逃げる必要があるという。もはや親衛隊もあてにできそうもないことは、高須の発言から推測できる。それにまだ武器も見つけていない。これでタワーの上階に乗り込んで行っても、いくら彼らとて勝ち目は薄い。そしてカンナは賭けに強い。


 歩きながらオッチョはマー坊に対し、2000年の時点で危ない集団だと感じていただろうに、なぜ”ともだち”側についたのかと追及をやめない。おかげでオッチョは14年間も刑務所に放り込まれたのだ。義憤と私憤の塊である。マー坊からは極めて現実的な返事があった。「だってあっちは、すでに政権与党」であり、「それにひきかえ、そっちは商店街の寄り合いじゃねえか」とうまいこと言われて、さすがのユキジもオッチョも声がない。

 そういえば、あのときヤン坊マー坊は情報提供の交換条件として、ケンヂたちが幼馴染であることを理由に、罪一等を減ずる陳情を万丈目にしたのだった。握りつぶしたのは万丈目かフクベエか。さて、ここでマー坊は例え話だとして、軍需産業の説明を始めている。政府が戦争やらかして、企業が兵器を売りさばいて稼ぐ。しかしこれは単なる「例え話」か? ヤン坊マー坊の会社はIT業界にある。軍事に使われないはずがない。バーチャル・アトラクションも彼らの製品か?


 「正義も悪もあるか」とマー坊は言い放った。先日、ケンヂと長髪が善悪論をさんざん戦わせたのだが、ここには善悪超越論とでもいうべき倫理皆無の商売人しかいない。確かに政治や経済の世界には、ケンヂのいう正義も悪もないのかもしれない。単に争いがあるだけか。”アイク”が命名した産軍複合体に正面切って刃向うとどういうことになるか、ケネディ兄弟が身をもって証明している。

 今般、度重なる学校での銃乱射事件を踏まえ、オバマ大統領は決然と銃規制をアメリカの議会に訴えた。おそろしく勇気の要る行動だ。生命財産の危機もさること乍ら、これまで共和党はもちろん民主党でさえ票を失うのを恐れて抵抗できなかった全米ライフル協会を敵に回すことになる。あの頑固じいさんチャールトン・ヘストン亡き今、協会は二期目の大統領の宣戦布告をどう受けて立つか。


 商売だからと言われては、オッチョも議論のしようがないとみたか、彼は次の尋問に移った。すなわち、今になってなぜ”ともだち”に背こうとしているのか。これに対するマー坊の説明は、少なくとも保身一辺倒だった老万丈目と比べると骨のあるところを見せている。マー坊は、長塚という会社創設以来ずっと一緒に働いてきた「実に無能な男」の話を始めた。

 この長塚さんは第5集の第2話に登場している。大口の契約をライバル社に横取りされた責任を問われ、長塚専務が取締役会においてクビになりそうになったとき、ヤン坊マー坊に救われたのであった。私たちは知っている。彼らと同業者のビル・ゲイツスティーブ・ジョブズも、ただ一人で大成功したのではないことを。商店街の寄り合いみたいな時代から苦楽を共にしてきた仕事仲間、どれほど大切だろう。


 その長塚さんは21世紀になっても仕事ができず、あるときマー坊は「君なんか死んじゃえ」と痛罵したそうだ。これはイジメの言葉として最悪である。人格の全否定、基本的人権の無視である。「そしたら本当に死んじゃってさ」とマー坊が淡々と言うから、オッチョとユキジも怒気をはらんだ目でにらむ。だが、死因は「2015年のウィルスでさ」ということだった。

 マー坊によれば、長塚さんは「いい人」だった。だから寝返った。これは理由として軽くはない。ケンヂはドンキーを失って立った。サダキヨはモンちゃんの後ろ姿が忘れられず立った。さあ行こう、あいつが待っているとマー坊は言った。後続の二人が「あいつって...」といぶかしむ。マー坊によると弟が政府で出世したため、兄は頭にきて野に下ったのだという。次元が低い兄弟げんか。

 ヤン坊マー坊はこの順番で長男次男らしい。「てことは、おまえは」とオッチョ。相手は「マー坊だよ」と答えた。私が子供のころ、確か双生児は先に生まれてきたほうが次男・次女で、後から出てきたほうが長男・長女であった。今はその逆。当時、大人に理由を尋ねたところ、「先に成長したほうが奥にいる」という返事があったのを覚えている。今は逆ということは、実はそうじゃなかったということだな。



(この稿おわり)




花曇り (2013年3月28日撮影)






























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